幻想水滸伝 碧の行方〜10
 ナナミはラダトの街のシュウの家でリオウの帰りを待っていた。流石に不安だったらしく、リオウを見た途端に飛びつく。
「おかえり!リオウ」
「ただ今、ナナミ」
 ほら、シュウもフィルさんもアップルさんもシーナもいるよ。
 くるりと後ろを振り向くと、「久しぶりです」と頭を下げる。
 リオウ同様、あの頃より背が伸びて、女らしくなっているが、性格はあまり変わっていないらしい。
 ナナミらしい。
「あれ?」
 顔を上げたナナミが不思議そうな顔になる。それをさっしてフィルが紹介する。
「彼はラズロ。僕の恋人。美人でしょ?」
 それを聞いたナナミはまあと笑う。
「よろしくナナミです。リオウの姉です」
「よろしく。ラズロ=フレイルと言います」
 あれ?と、フィルは思うが黙っていた。フレイルを名乗るのは珍しいと思っていたのだ。
「綺麗な名前ですね」
「ありがとう。でも、僕、男なんで」
 は?と、ナナミの顔が固まった後にええ?と、指さしがある。
「やっぱり女性だと思ってたんですね」
「ええ、フィルさんの恋人なんでしょ?」
「はい。でも、男です」
 どうやら、ナナミの誤解を解っていて、フレイルの方も名乗ったらしい。フレイルなら女性にも聞こえる。
 にこにこと笑うラズロは
「間違えられるのは慣れてますから」と、平然としている。
 確かに、トラン共和国の重鎮の面々も最初、女性だと思っていた。
 ラズロは特に細いわけではない。体格で言うとフィルと同じくらいだ。だが、その柔らかな物腰とさらさらとした髪、蒼い海のような瞳が災いして女性と間違えられるらしい。
 それにどうみても女顔・・・である。
「はい。男です」
「そ、男なんだけど、料理は上手だし洗濯、裁縫、家事万能なんだ〜理想でしょ?」
 フィルのフォローはナナミを複雑な気分にさせただけだが。
「とにかく、中にどうぞ」
とのシュウのフォローがなければ気まずい沈黙が降りた事だろう。

「ナナミ、どうしたの?」
 シュウとラズロ達は商談があると言う事で、ナナミは河まで散歩に出た。それに気がついたリオウが、後ろから追いかける。
 河辺で座り込むナナミに、リオウは心配そうに覗き込んだ。
「うん・・・」
「もしかして、ラズロさんの事、ショックだったの?」
 男の人だったから?
「・・・うん、まあ」
 あ、男の人だったから嫌だとかそう言うんじゃないんだよ。
「じゃあ?」
「うん、フィルさん、ほら、私達が戦争してた時、親しい女の人とかいたしもてたでしょ?だから・・・」
 その以外だなあって。
「あんなに嬉しそうなフィルさん見たの初めてだから」
 ラズロって人、凄く好きなんだなあって。
「・・・そうだね」
「私ね、フィルさんは誰かと結婚して幸せに暮らしてるなんて何処かで思ってたの。だって、私達、幸せに暮らしてたじゃない?」
 ジョウイは死んじゃったけど、それでも幸せだったじゃない?
「だから・・・」
 何だか・・・。
「フィルさんは幸せだよ。今はちゃんと」
 あの人はね、テッドさんの恋人だったんだって。
「え?」
「うん、テッドさんの恋人で、真の紋章の持ち主なんだ」
 出会った時に紋章が共鳴したよ。
「テッドさんの恋人?」
「うん、150・60年程前の群島戦争の天魁星だって」
 あの人も星の司なんだ。
「・・・フィルさんは紋章の事があるから、心から自由に愛せる人はいないんじゃないかな?」
 それを聞いてナナミは「あっ」と声を上げた。
「うん、何の制約も無しに愛せる人・・・だよね」
 ラズロさんは。
「一目惚れなんだって」
「そっか」
「わざわざ、フィルさんに会いに来てくれたんだって」
「そっか」
 ナナミは嬉しそうに微笑む。
「フィルさん、幸せなんだ」
「そりゃあ、舟に乗ってる間、惚気まくりな程。あれがクールなフィルさんだとは思えないし、ラズロさんなんかそれを全然怒らないし」
 ラズロさん、自分の役目はフィルさんを甘やかす事とか言うんだよ。
「驚いたよ」
 だってねえ。あのフィルさんがだよ?
「もう、べたべたなの」
 でも、解るなあ。ラズロさんて凄いんだ。色んな意味でね。
「何でも出来ちゃうし」
 それにあの人、何だか凄い人みたい。
「凄い人?」
 ナナミはきょとんと首を傾げる。
「うん、シュウが言うには群島諸国連合の重役らしいよ。チープー商会の代理人だって言う事だけど、何だか偉い人みたい」
「偉いってどれくらいなのかなあ?」
 ナナミの言葉には別の声が答える。
「オベル王国の王族だよ。他にも群島諸国連合の名誉議長だって」
 他にも色々あるらしいけどね。
 フィルの声である。
「寒くない?上着を持ってきたよ」
 ナナミに差し出された上着を彼女は「ありがとう」と受け取る。
「ありがとう。ナナミ」
「え?何が?」
「俺の事、心配してくれて」
 ええ〜私はそんな事無いよ。だって・・・
「うん、今、心配してくれてたでしょ?」
「うん、でも、私、薄情だ。恥ずかしい」
「俺の願いはリオウとナナミの幸せだったから、君らが幸せだったならそれが一番嬉しいんだよ」
 真の紋章を持ってる者はね、どこかで何かを捨てないといけないから。をフィルは心の中だけで呟く。
「幸せで良かった」
「ありがとう。フィルさん」
 ナナミはぺこりと頭を下げる。
「さ、もう、遅いから帰ろう。夕食の時間だ」

 賑やかな夕食だ。
「へえ、真珠の養殖ですか?」
 ラズロの話に、リオウは感心して頷いている。
「水質調査とか色んな事はまだまだ山積みだけど、雇用促進になれば良いなと思って」
 ちょっと大変だけど、あの城を開けておくのはもったいないからね。
「ああ、トランの解放軍のだったお城ですね」
 まあ、今は国政は乗っているからね。
「真珠なんて贅沢品なんだけどね」
 先々、この湖でも出来れば良いね。
「!え、ここでですか?」
 リオウは考えもしなかったと言う風に驚く。
「まあ、それはそれで未来の夢の話だけどね」
 ラズロの言葉に、リオウは何となく先と言うものを考えた。
 150年以上前の天魁星。彼は未来の夢なんて言う事をさらりと口にする。自分の150年後は何をしているだろうか?
「夢ってあった方が励みになるからね」
 そう言って、ラズロは茶目っ気たっぷりに片目を瞑って見せた。
 励みになる?
 ふいにその意味がリオウの心に落ちた。
『ああ、僕はもう・・・時が止まっちゃったんだ』と。

「リオウの事、ありがとう」
 フィルは隣に寝ている人物に礼を言う。隣にいるのはラズロだ。
「先駆者としては、某かのアドバイスをしたいんだよ。僕はわりと幸せな人生なんでね」
 恵まれてるし。
「あの戦争の後は楽しい日々だよ」
 フィルはそれを本心だとは思うが、決して楽で楽しい事ばかりでは無かったと思う。テッドは追われていたし、ラズロは群島に縛られていると言っても過言では無い。
「又、額に皺が寄ってるよ。皺が出来ないからと言って、感心しないよ」
「ラズロ」
「何?」
「竜洞に行った後・・・」
「うん・・・。もう、寝ようね」
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