幻想水滸伝 あの空の果て〜9
 あの子がさらわれた。
 誰かあの子を探して、あの子を戻して・・・
 誰か・・・


「はあ?幽霊事件?」
 フィルは目の前でラズロの作った朝ご飯を食べる男を睨む。
 今朝のメニューはフレンチトーストだ。柔らかな黄色い色から良い匂いが漂ってくる。
 朝一番に駆けつけたと言うか、ドアを蹴破る勢いで開けた、この国の大総領の息子は、お茶のお代わりをもらってそれにぱくついている。
「うん、幽霊だと見た人は言うんだけどな」
「シーナは幽霊だと思わないんだ?」
 シーナが割とリアリストな事をフィルは知っている。
「う〜ん。俺は魔物だと言われた方が納得するけどね」
 シーナが話すには、グレッグミンスターの近隣の村で、不思議な事が起こっていると言う。
「何でも若い娘さんが行方不明になるんだ」
「何?!誘拐じゃないか!!」
 フィルの拳がシーナの頬を掠める。
「って、危ないなあ。最後まで聞けよ。確かに誘拐なんだろうけど、1日たつと見つかるんだ」
 フィルはあからさまに不機嫌な顔をする。
「って、純潔を穢されてじゃないだろうな。ネクロードみたいな変態野郎に」
「いや、違う。それは確かめたが、みんなそんな事は無いんだ。ちゃんと保証する」
「ただの誘拐にしては変だね」
 ラズロはお茶のお代わりをフィルに注ぎながら、呟く。
「身代金もその他にも要求が無いなんて。まるで・・・」
 まるで?何とシーナは目で問う。
「いや、ただの感想だから。そんな当てにするような目は止めてくれない?ちゃんと捜査した資料の方が良いんだから」
 でも、お手上げなんですよねえと、シーナは両手を広げる。
「不甲斐ないな。もっと働けよ」
 けっとフィルはシーナに向けて軽蔑の視線を投げた。
「って、俺かよ。親父じゃねえの?」
「お前の方が暇だろ?」
 カチンとシーナの頭の中で鐘が鳴る。
「じゃあ、お前の方がもっと暇だろ!」
「俺は暇じゃない!」
「居候でヒモな生活じゃあねえのかよ」
「何を言う。俺は勤労意欲と言うものをもう一生分は払ったはずだ」
 と、偉そうに胸を張る。
 それを言われるとシーナーにはぐうの音も出ない。
 事実だからだ。
「親父はフィルさまは自分の建国した国の人民が困ってるのを見捨てないと言ってたぞ」
 ・・・まあ、レパントならそう言うだろうなと、こちらもぐうの音も出ない。
「まあまあ、二人とも落ち着いて。資料を見せてもらうくらいは良いんじゃないの?フィルは最近、退屈なんでしょ?」
 実はその通りだ。キリルとアスが旅に出てしまってから、フィルは嬉しいが何となく物足りないなあと思っていた所なのだ。
 助け船も出た事だし。
「・・・ラズロが言うなら」
 渋々と言う態度だが、目には好奇心が透けて見え見えだ。


「まあ、事件の概要は先程話した通りなんだ」
 ええと、村の名前はグレッグミンスターの南にあるレナって村の周辺。
 年は17〜25くらいまで。
「容姿とかは?」
 ラズロの言葉に、シーナは首を振る。
「それがてんでばらばらなんだ。赤毛もいれば黒髪もいるし、緑の瞳もいれば茶もいるし、背丈も年齢から解ったと思うけど、ばらばら」
「共通点とかは?」
 フィルは資料を捲りながらシーナをそくす。
「無い」
 フィルは丁寧に行方不明だった者の特徴を見て、共通点を探っている。が、一見しただけでは見つからなかった。
「この人達の家族には共通点は無いの?」
「例えば?」
「ええと、生き別れな兄弟とかいるかとか?」
 ちょっと言い淀む。
『そう言えば、ラズロは生き別れだったよな』
 ちらりとラズロの顔を見るが、その表情は変わらない。
「そこの所は何とも言えないな。資料には上がってきてないし」
「役立たず」
 ぼそりと呟くフィルにシーナも渋い顔だ。
「俺が調べたわけじゃねえよ。俺ならちゃんと調べられるぞ」
「へえ、なら、調べてもらおうじゃないか!」
 さあさあさあ。
「解ったよ。俺も行くよ」
「最初からそう言えば良いんだよ。そう言えば俺だって協力してやるのに」
 にやりと笑うフィルにシーナはため息をつく事しか出来なかった。
「僕は協力しなくても良いの?」
 がばりとシーナは身を乗り出すと懇願する。
「フィルが恐いので、一緒に行って下さい。塾の方は人手を寄越しますから〜」
 ちっと舌うちが聞こえたが、フィルは名案を思いつき、にこりとラズロの顔を覗き込む。
「ねえ、お願いあるんだけど・・・」

 ラズロの女装姿を見て、シーナは顔を赤くしたり青くしたりと忙しない。
「ラズロさん・・・」
「フレイルよ」
「はは、ええ。フィル・・・」
「リートだ」
「って何で二人とも女装なんだよ!」
「「だって、囮だから」」
 見事にハモった言葉にシーナは肩を落とす。
「手っ取り早く捜査するにはこれが一番じゃないかなと思うんだけどね」
 フレイルこと、ラズロはにこりと笑う。
 どこからどうみても、女性だ。少し背は高めだが。
「いやあ、フレイルは綺麗だなあ。念願の女装が見れてラッキー」
「だって、君も女装するとか言うんだから、僕が断るわけにはいかないでしょ。まあ、女装なんて日常的にあったから別に抵抗は無いけどね」
 日常?シーナは首を傾げる。
「テッドとのハルモニアへの旅で?」
「いや、フィル、違うよ。この顔ね、結構売れてるんだよ。だから、顔を隠したい時は女装」
 ふうん。
「女顔は嫌なんだけど、こういう時に役に立つからまあ、重宝してる」
「ハルモニアの間者とかから逃げる為?」
「いや、お国から迎えが来た時に逃げる為。用事も無いのに呼ばれる事もあるからねえ」
 ははは、俺と同じだねとフィルも大笑いだ。
『ちょ、二人とも・・・』
 ああ、もういいや。取り敢えずは、打ち合わせだ。

「で、そんな恰好してどうやって吊るの?」
 ここはシーナが用意した家だ。クワンダに頼んで、民間の家を一軒まるまる貸してもらった。
「う〜ん、取り敢えずはラズロの女装が見れたら良かったんで、考えてないや」
 って、おい!フィル。それだけかよ。
 シーナはあえて心で突っ込んでおく。
「え、そうなんだ。フィル、駄目だよ。計画性が無いと。女装ならとんずらする時に見れるんだから」
 って、怒らないのかよ!!ラズロさん!!
 でもって、とんずらって何?何なのよ!
「取り敢えずは、みんながいなくなった時間に照準を合わせてみて何か反応をみようかなあと」
「そうだねえ。それしかないねえ」
 って一応、考えてるのかよ。おい。どっちだよ。
 やきもきするシーナをラズロが振り返ってにこりと笑う。
「リーダーでしょ。信用してないの」
 !!!
「お、赤くなった。図星だな。ね、ほら、俺って信用無いでしょ?」
「僕も平時は信用無かったよ」
「「リーダーなのにねえ」」
 又、ハモった。
 たちが悪いとシーナはがっくりと肩を落とした。
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