幻想水滸伝 あの空の果て〜3
 群島からクールーク。その上には赤月がある。
 テッドとラズロはほてほてと街道を歩く。
「こんなにのんびりと旅をしたのは初めてだよ」
「そうか?」
 そう言えば、お前、仕事でしか旅した事無かったのか?
「うん、まあね。だから、何か浮かれてる」
 はは、まあ、俺もだよ。
「紋章の気配を隠すのも今はいらないだろうからな」
「まあ、そうだよね」
 紋章の気配と言っても普通の人には解らない。シメオンのように余程腕の良い魔法使いなら何かおかしいと気がつくだろうが。
「ジーンさんの所に行ってみようと思うんだ。あの人、専門家だし、何か良いアドバイスをくれるかもしれない」
 あの人か・・・。
「どうしたの?」
「いや、あの人、俺の事を前から知ってるらしいから・・・」
「前から?」
「それとビッキーも何か知ってるらしい。でも、あの子はあれだからな」
 なるほどとラズロは頷く。
「まあ、ジーンさんなら知ってても変じゃないよね。ともかく、ジーンさんは赤月にいるらしいから少し探して寄り道しようよ」
「赤月?」
「多分、帝都にいるよ。僕らを待ってくれてる」
 じゃあ、帝都へだな。

「へえ、じゃあ、グレッグミンスターに来たんだ」
「そうだよ」

 湖の城には、既にチープ商会のものが来ていた。
 その中でたった一人、大きな眼鏡をかけたネコボルトの青年がいる。
「あ、チープー。久しぶり」
 ラズロはその青年に大きく手を振った。
「ラズロさま、お久しぶりですう」
 みんな、ちょっと来てと、ラズロはちょいちょいとフィル達を手招きする。
「この子、18代目だよ」
「いえ、まだ、見習いです」
 大きな眼鏡を直しながら、チープー青年は笑う。
「本国からわざわざ来てくれたの?」
「ええ、店長に言われまして。トランで仕入れもして来いとも。お勧めがあれば教えて下さい」
「うん。まあ、じゃあ、ちょっと休ませてもらうよ」
 では、こちらに。
 チープーは借り受けた事務所ですと、案内をしてくれた。
「お城の中を使わせてもらってます」
「もう、誰も住んで無かったのかな?」
 フィルの問いに、チープーは頷く。
「そうですね。一般の方はもう誰も住んで無いですね。漁を営んでおられる方がちらほらと」
 警備のものがフィルを見て、敬礼する。
「ご苦労さま。そんなに固くならなくて良いから。今日から世話になるよ」
「はい」
 ひらひらと手を振るフィルを見て、チープーはああと頷く。
「トランの英雄殿でしたか。挨拶も無しに失礼しました」
「いや、俺は今、あんたのボスの居候だから」
 ボス?
「ラズロ。違うの?」
「いや、そんな恐れ多い・・・」
 チープーは丸い背中をますます縮めて、頭を下げる。
「何言ってるの。僕はチープー商会の使用人だって言ったでしょ?」
 件のラズロは呆れ顔だ。
「この子ね、最初に会った時が、群島諸国連合の会議の場だったからそれ以来、何か恐縮してるの」
 はて、そう言えば、この人は名誉顧問だったか名誉議長だったかな職があったなあと、フィルは振り返る。
「そんなあるんだか無いんだか解らない役職にひれ伏す事なんか無いんだよ」
「でも、オベルの王族の方ですから」
 いや、それこそだよ。
「僕は今は一介の旅人だからね」
「しかし、遠い所まで次期店長を寄越したもんだね」
 今まで黙っていたキリルが苦笑する。
「はい、初代会長の意思ですから」
「そうだったね」
 何?小姑とフィルが耳打ちすると、
「初代がね、ネイ島、あ、ネコボルト村のある所だよ。世界を又にかけた商人になるんだ〜ってその島を飛び出して来たんだそうだよ」
「へえ、だからかあ」
「チープーはねえ、密航しようとして、僕の流刑船に偶然乗っちゃったんだよね。ラズリルの道具屋を逃げ出して。気の毒な事だったけど、まあ、終わりよければだね。生きながらえてオベルの哨戒船に助けられたから」
 あの時は唖然としてたなあ。
 ラズロがけらけらと笑うので、チープーも何だか安心したように力を抜いた。
「でも、何でかネコボルトの間では冒険家で通ってたよ。秘境探検したとかね」
「秘境探検?」
「そう。まあ、勘違いだけどあながち勘違いでも無いなあ。僕の漂流体験は秘境探検に相応しかったから」
 あははと、ラズロは豪快に笑うと「厨房貸してね。お茶をいれてあげるよ。アスもおいで」と、そのまま行ってしまった。
「あのお・・・」
「え?何、チープーさん?」
「トランの英雄殿に言うのも今更なんですけど、ラズロさまって、会う度に驚く人ですよね」
「へえ?」
「はい、うまく言えないんですけど、何か会う度に・・・新しい気分になれます」
 あ、私も手伝いに行きますから、失礼します。
 その後ろ姿を見ながら、キリルが零す。
「まあ、そう見せてるだけだけどね」
「え?」
「ああ、何でもない。群島にとっては彼は現人神だから、過大評価はあるよね」
「不満なの?小姑は」
 キリルはラズロに不満があるのだろうか?まさか。
「いや、別に。・・・うん。不満なのかな?彼は、世界と紋章を許す為に存在する人だから」
 でも、未だに在野に立って崩れる空を支えようとしてるんだ。
「まあ、それについては僕も頼ってるから大きな事は言えないけど」
「俺、まだ、未熟だけどちゃんとラズロの力になるよ」
 ぽんぽんとキリルがフィルの頭を叩く。
「良い子だね。君はちゃんとラズロの力になってるよ。まあ、僕としてはさっさと恋人になって欲しいんだけどね」
 心配で何処にも行けないよ。
「キリル・・・」
「さあて、お茶も入っただろうし、行こう」

 トラン湖の古城にいる間、ラズロは昼は細々とした事務処理をしていたが、夜は暇らしい。
 つれづれの慰めにと話して聞かせてくれたのは、テッドとの旅の話だった。
 ただ、その話は何だか・・・絶句する話ばかりだったが。
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