幻想水滸伝 あの空の果て〜2
 レナンカンプの街に足を踏み入れたフィルは、複雑な顔だ。
 事前にキリルはラズロから事情を聞いていたので、アスを連れて街の見学に行ってしまった。
「宿で会おう」と。

 フィルは宿屋で地下道の道を開いてもらう。
 かび臭い地下道を通り、地下水路に出る。
「ここ?」
 ラズロの言葉にフィルは頷く。
「うん、ここにオデッサを流した。これは河に繋がるから・・・彼女は魚の餌になったんだろう」
 その時は弔ってなんかあげられなかったから。
「海で死ぬとその骸を海に流すんだよ。群島の島なら大抵そうだね。墓を作る時もあるけど、墓の中は空っぽなんだ」
 船に乗ってると衛生面で死体を置いておけないと言うのもあるんだけど、
「海に還してあげるんだよ。海の中で海と解け合って海の糧となるんだ」
 そうなんだ。
「オデッサは・・・そうやって祖国の礎になりたかったんじゃないかな?水と解け合って魚をはぐくみ、土に溶けたかった。土泥の中、ゆっくりと故国に溶けてこの祖国のありとあらゆる所を守りたかった」
 ふと、ラズロの視線が遠いとフィルは思う。
「もしかして、ラズロも?」
「まあね。最初はそう思ってた。でも、今は違うよ」
 死は人に託す事だ。僕は生きているからそれで僕に出来る事をしていくよ。
「俺は・・・どうだろう?」
 俺にとっての故国・・・。トラン共和国。
「こんな事を言っては悪いんだけど、亡くなった人はある意味では楽なんだ。・・・もう世界に干渉しない。でも、生きている間はどんどん世界に干渉していく。それが元で思わぬ結果を招く事があるかもしれない。生きていく事の方が辛いんだよ。世界は優しく無いからね」
 これは誰でも同じだよ。
「オデッサは君を選んだけど、戦争に勝てるかどうかなんて解らなかったと思うよ。ただ、一石を投じればそれで良かったんだと思う。君は上手くやった」
 君は受け継ぎ、最大の力を駆使して帝国を滅ぼした。
「どう?オデッサに出来ない事を君はやってのけた。オデッサが幸運だったのは、そんな人を見つける事が出来たと言う事だよ」
 人との出会いは限られている。
 一生に会う人はそんなに多く無いよ。
「何だか何時ものラズロと違うね」
 オデッサの事を悪く言ってる?
「そうだよ。まあ、悪く言うつもりは無いんだけど、これはあくまで仮定だよ。フィルは託されたものに首を振る権利は無かったからね。まあ、僕の時も・・・無かったけどね。いつの間にか押しつけられていたようなものだから・・・」
 ただね。
「ただ?」
「選ばれた星は、そんなに・・・人の人生に世界に介入するほど、偉いのかとは思うんだ。流れと言うものは抗いがたいものなんだけど。僕にもその一端がほんの少し見えるから」
 流れ?
「星の動き、時の流れ、大河の中の光る星」
 うんつまり・・・。
「フィルがここにいる事は予定通りなんだと言えば、フィルはどう思う?あの戦争に勝つのは予定通り、僕と出会ったのも予定通り」
「それは嫌だな。俺は俺の人生で選んだと思ってるんだから」「うん、もちろんそうなんだけどね。星の流れが読める人は・・・抗う事も止めてしまうのかな」
 あの人はあの子に何も言わないんだろうか?
「ラズロ?」
「ああ、ごめん。別に何でも無いんだ」
「俺は俺で選んでここにいるよ。テッドの事も。信じればそれは力になるんだから」
 ラズロははっと顔を上げるとそうだねと頷いた。
「らしくないね」
「そうでもないよ。僕だって、割り切れない事もある。オデッサを見てると姉さんを思い出してしまうんだ。姉さんはクールークに占領されたオベル王国に残った。トロイは良い司令官だったから姉さんに害は無かったけど・・・国民が害されるような事があれば姉さんは真っ先に命と引き替えにしただろうなあと思う」
 女傑だったからね。
「ラズロの言いたい事解ったよ。先に死んじゃうのはずるいと言う事だよね」
 フィルのくすくす笑いに、ラズロはそうだねと肩を竦めた。
「フィル、僕はフィルの力になるよ」
「ありがとう。ラズロ」

「やあ、何辛気くさい顔をしてるの?二人とも」
 キリルは二人の顔を見た途端、辛辣な言葉で混ぜる。
「辛気くさいって小姑・・・」
「まあ、いいや。ラズロの珍しい顔も見れた事だし」
 さっさとご飯でも食べようよ。
「アスもお腹空いたって」
「ああ、そうだな」


 セイカの村は相変わらずだ。
「特に何も無い村だね」
 見回したキリルはゆえに静かな所だと評価した。
「うん、まあね。でも、街道沿いの宿場村だから行き交う人は多いよ。ただ、特別な産業は無いけどね」
 あ、あそこがマッシュの私塾だった所だよ。
 フィルは高台にある家を指さす。
「へえ、あそこかあ。行く?」
だが、フィルは首を振る。
「いや、あそこには誰もいないから・・・。行っても何も無いよ。マッシュの墓は、あそこにあるもの」
 セイカの村からは湖が見える。
 フィルはその中の城を指さした。
「アス、あれが湖の城だよ」
「あれが?ね、ね、ここからは、行けないの?」
 アスの興奮に、フィルは暫し考えていたが、ラズロとキリルを振り返る。
「舟・・・操ってくれる?」
「大型船は無理だけど、この人数なら余裕だよ。波も静かな湖だし」
 風の紋章を使えば、直ぐにでもつけるよ。
 ラズロの言葉に、フィルは頷くと、舟を調達に出かけ、ほどなく戻って来た。
「借りたの?」
「買った」
 ラズロは船体を確かめていたが、一通り見てまわった後に頷いた。
「ぼろだけど、ちゃんと補修されてる。大丈夫だよ」
「でも、帆が無いけど?」
 キリルが思案気に呟く。
「無くても大丈夫だよ。たかだか、あそこまでの距離だからね。風の紋章で何とかなるよ」
「?」
 首を傾げたのはアスだ。
 それにキリルが説明をしてやる。
「風の紋章で湖に流れを作るって事だよ。帆があればそこに風をあてて動かすんだけど。まあ、長距離では帆はいるけど、ラズロの場合は、たかだかこんな距離ではいらないんだよ。と、言っても普通の魔法使いには出来ない事だからね。間違えないで」
「師匠は凄いね」
 純粋な賞賛に、ラズロは苦笑で返す。
「いや、そうでもないよ。大型船は魔法でどうにかなるものじゃないしね」
 謙遜な言葉だ。
「アス、ラズロは謙遜してるけど、俺は以前、海でもラズロが風の紋章で帆を操るのを見たよ。凄い技だった」
「うん、この子、上手いんだよね。潮と風読むの。やっぱり、あれかな?」
「あれ?」
「海神の子」
 あれ?それ、何?
「ああ、ほら、トロイの事、聞いたでしょ?海神の申し子なんてあだ名。そこからで、海神の子だよ。どう?」
「へえ、初めて聞いたなあ」
 フィルはラズロを見るとラズロは複雑そうな顔だ。
「あのね、それは後の人がそう言いだしただけで、僕が現役の頃は、誰も僕にそんな事は言わなかったよ。ただ、トロイと僕の話を語る時に呼称で付けただけだから」
 クールークの海神の申し子に群島の海神の子ってね。
「へえ、格好いいね」
 フィルとアスがはしゃぐのを首根っこを引き掴むと、舟にそくす。
「ほら、乗らないとつけないんだからね。あ、あっちについたら宿はちゃんとしてくれてるから。鳩を送ってあるから」
 ほらほら、はしゃいで舟から落ちないでよ。
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