幻想水滸伝 あの空の果て〜1
「老師、ただ今戻りました」
 ラズロの言葉に、シメオンは本から顔を上げる。
「おお、おかえり。おや?客人か」
 シメオンは部屋を透かすように壁の向こうを指さす。
「ええ、僕の友人のテッドです」
 ほうほう。ソウルイーターの御仁か。
「あばら屋だが、ゆっくりとくつろいで下され」
 その言葉で、テッドはシメオンの前に顔を出す。
「すいません」
「初めまして、シメオンと言う名で通っておる。ラズロは老師と呼ぶがね」
「テッドです」
 どうぞ。奥へ。
「ラズロ、お客人はどうやら冷えておるらしいから、酒を出してくれ」
 ラズロは頷くと杯を棚から取りだした。

「ほう、崖崩れか。まあ、この国もこのように荒れ放題だ。行き届かない所の方が多い」
 テッドと旅をしていたアルドは崖崩れに巻き込まれて亡くなったと言う事だった。
 小さな村に滞在していた時の事だった。
「うむ。まあ、自然災害はわしらにはどうする事も出来ないからのう。お主が気に止む事では無いよ・・・とは言ってもお主には通じないだろうがな」
 そうそう。コルセリアから書簡が来ておった。
 ラズロ、又、手を貸してあげておくれ。

 コルセリアからの頼まれ事は、多岐にわたる。
 ラズロはシメオンに頼まれてそれに手を貸している。
 主に地方に行く時の護衛だが、時々、行政に関しても知恵を出している。と、言ってもそれは主に貿易に関してだが。
 ラズロはオベルにチープー商会の援助を頼み、クールークとの貿易を始めた。
 商人は何処も逞しい。交易はそこそこ有効に働いており、ラズロはチープー商会の代理人に納まっている。
「なかなか良い隠れ蓑だのう」
と、シメオンには笑われたが、ラズロはそう言うわけでは無いと苦笑を返した。
 実際、そんな気は殆ど無かったが、使ってみるとかなり便利なものだった。
 利益もあがるし、隠れ蓑にもなった。
「コルセリアさまから?ええと、ああ、解りました」
 書簡を読んで、ラズロが頷く。
「少し出てくるので、テッドを宜しくお願いします。老師。5日ほどで帰れるはずですので」
「ああ、行っておいで。すまんな」
 その後、用を済ませて帰って来たラズロは、テッドがシメオンと意気投合をして話をしているのに出会った。
 流石にテッドも魔力の高いシメオンではソウルイーターの力は働かない事に安心したらしい。

「以前にもラズロに話したんじゃがな」
 紋章の事を知りたければ、ハルモニアの神殿に行くのが一番じゃないかと思う。
「危険もつきまとうが、ハルモニアの神殿とシンダルの遺跡を廻る事で、色んな事が解ると思う」
「・・・俺も同意見ですね。ただ、まあ、俺はこれを狙われているんで」
「その狙われる理由と言うのが、ただ、紋章を欲しているだけかのう?」
 テッドにはそれに答える術がない。
「俺がこれを受け取った時は・・・あの魔女はそう言ってました。でも・・・永らく放浪する上で、それは何か違うような気もします」
 この紋章は人の命を喰らう。
 それが近しい者の魂である程、紋章の糧となる。
「そんな紋章が欲しいと言うのは何処かおかしいような気がする」
「そうじゃな」
「例え、紋章の力が欲しいからとしてもこれを使って魂を喰らう為だけに使いたいのか・・・」
「その理屈で言えば、罰でも良いわけじゃな」
 罰は使う方の力が大きいほど、大きな力を発揮出来るようじゃからな。
「え?そうなんですか?」
 以外だとテッドは首を捻る。
「じゃあ、ラズロは・・・」
「おお、ラズロの事はわしも自身から聞いておる。お主のような底なしの魔力じゃな。彼は」
 しかし、罰を欲する者は、自分の命も削られるわけじゃからのう。
「よほどで無いと欲しいとは思うまいよ」
 あやつは何処でもお主と行くだろう。
「話あって決めれば良いよ。わしは星見では無いが、まだその時では無い。お主の時の果て、その時にはお主が紋章の真の支配者となっておるだろう」
「?」
「紋章がお主を喰らうのでは無く、お主が紋章を喰らうじゃろう。その紋章の見極めが出来た時には」
 わしも偉そうに言える程紋章の事は知らないがな。


「って、これ、紋章=テッドって言う事?」
 フィルは慌てて手袋を外す。
「う〜ん。僕も良く解らないんだけど、この間、テッドが僕を呼びに来たから、そう言うのも成り立つんだと思う」
「じゃあ、テッドは紋章に喰われたわけじゃなくて・・・。じゃあじゃあ、ラズロはどうなの?」
「僕?僕は間違いなく、紋章に喰われたよ。ただ、108星の祈りで新しい身体を貰ったけどね。この身体はより紋章に近いんだろうね」
 ややこしいけど、紋章に人の常識は無いから。
「好きか嫌いかはあるけどね」
 こんなわけで僕らはハルモニアに行く事になったんだ。
 僕はチープ商会の代理人業でお金を貯めた。テッドはその間、老師の話を聞いて、シンダルの遺跡を廻ってたよ。
 シンダルの遺跡はオベル王国にもあるんだけど、あそこはどう言う空間になってるのか謎なんだよね。
「何が?」
「何かね・・・多分、僕が罰の紋章を受け取ったからだろ思うんだけど・・・封印が外れたのかどうなのか・・・誰も知らなかった地下神殿が現れた。竜がいたりね」
「竜?!」
 竜ってあの竜?
「う〜ん、ブラックとかとは違うなあ。でも、竜。遺跡からは出て来ないからきっとシンダルの封印なんだと思うけど」
 烈火竜、水竜、土竜、雷竜にモンスター。骸骨の戦士。その多諸々。
「物騒な所だなあ」
「いや、遺跡にさえ入らなかったら全然、何にも無いよ。彼らは遺跡からは出て来ないし」
 うん、でも、たまに入る人がいるみたいだけど。
「な、そんな所に入るって・・・」
 命知らずだなあ。
「うん、でも、テッドは一人で入ってたからね」
「いや、テッドは特別じゃないの?」
「僕も入ってたけど?まあ、普通の人には危ないけどね」
 フィルなら平気かもね。


 ラズロはテッドの前にずっしりと重い袋を置く。
「これは?」
「路銀。珊瑚に真珠に黒蝶貝。後、金に紋章も少々入ってる」
 テッドはラズロの顔を見るとその手を握る。
「行って良いのか?ハルモニアに」
「うん、一緒に行こう」
 旅立ちの日、シメオンは二人に護符をくれた。
「気休めじゃが持って行くと良い。ああ、そうだ」
 ラズロ、お主は向こうでは女性の服装をしておれ。
「?何故です?老師」
「ハルモニアには古い習慣でな、結婚前の女性が神殿をまわると言う習慣があるそうじゃ。お前さん、青い目に金に近い髪じゃから、ハルモニアの一等市民に見えるからのう」
 へえ、そんな風習があるんですか。
「え?何、テッド」
 テッドは何だか複雑そうな顔だ。
「いや、女装なんて嫌じゃないか?」
「まあ、女性にしては細く無いけど、緩やかな服ならごまかせるでしょ。どうせ女顔だから別にかまわないけど?」
「潔いな」
「変装でしょ?所詮」


「ってラズロ、ずっと女装だったんだ?」
 フィルは、ああ、羨ましいと紋章に文句たらたらだ。
 答えが返って来るならきっと「お前、ますます変態になってくるな」だろう。
「いや、変装だよ。流石に若い娘の部屋を調べたりはしないだろうしね」
「じゃあ、テッドは従者?」
「いや、それだと同じ部屋には泊まれないから、恋人と言う事で。神殿巡りだけど、新婚の旅行も兼ねてるって人も多くてね。夫婦でも良かったんだよ」
 それは向こうに行ってから知ったけどね。
「ちょっと若かったけど、まあ、そこはそれでごまかしようはあるしね」
 何てごまかしたんだ?
「幼なじみと言う事でね。早く結婚したいから神殿巡りに出してもらったって」
 にこりと笑う顔にはきっと誰もが騙されたんだろうなと、フィルは思う。
『はあ、ラズロの艶姿を俺もみたいなあ』
とは思ってたけど、又、夢かよ!
 しかも朝、服着る時ってどうよ?
「テッド、この夢、青少年にはきついわ」
 おおい、聞いてますかあ?
 フィルの苦難は続く。
「だからあ、さっさと手出しておけば良いんだよ」
 キリルの目は呆れで生温かいのだ。
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