幻想水滸伝 あの空の果て〜12
「あれか」
 密やかな声でささやきあう三人の視界には、幾つかの小さな檻が積み上げられている。
 その中の一つを見て、フッチは顔色を変える。
 小さなオレンジがかった竜が足かせをつけられ、ぐったりと横たわっているのだ。
 伸ばそうとした手をフィルががしりと掴むと、棍を突きつける。
「気持ちは解るが今は辛抱してくれ。逃げられてはかなわないからな」
 ぎりぎりと歯ぎしりをする音が聞こえる。
「ともかく、この場は一応、去ろう」
 良いな。
 有無を言わせぬフィルの声にフッチは悲しげな目で従った。

「さて、一度、森を出ようか」
「僕は残りたいです」
 フッチの声にフィルは厳しく言い放つ。
「それは駄目だ。お前の単独行動で何もかも駄目にされてはかなわないからな」
 俺は事件を解決する責任がある。
「っ。邪魔はしません」
「どうかな?」
 今、冷静を欠いているお前では何をするか解ったものじゃない。
「これは竜洞の仕事です」
「ちがうぞ。これは俺が引き受けた仕事だ。あの賊を退治するのは俺の仕事だ。竜がいたのは偶然にすぎない。たまたまあの賊が竜を捕獲したにすぎない」
「でも・・・」
「まだ、言うのか?俺に向かって?」
 一瞬の間にフィルの棍がフッチに突きつけられる。
「嫌だと言うなら力ずくでも止めるがどうする?」
 にやりとフィルが笑う。
 フッチは冷や汗を流しながらもまだ戸惑う素振りだ。
「はいはい。フィル、いい加減にしなさい。フッチもだよ。シーナに言って山を包囲してもらおう。特攻をかけるのはこの三人で良いよね。フィル、烈火の紋章は使ったら駄目だよ。後、フッチも無理は禁物だよ。君の任務は竜の保護なんだからそれを最優先にね」
 ラズロの声でフィルの態度ががらりと変わる。
「久々だからからかってやろうと思ったんだけどな」
 けらけらとフィルは笑っている。
「もう、君はこの子のリーダーだったんだからそう言う苛めは止めなさい」
 ごめんね。どうやら退屈してるらしくてね。
「でも、先程言った事は本当だよ。フィルはこの事件を解決するって決めてるから」
 さあ、シーナの所に戻るよ。
 フッチは顔を赤らめラズロの言葉に従った。
『確かに僕は冷静を欠いてた。フィルさまに迷惑になる所だったな』
 ラズロさんがいてくれて良かった。と、心から安堵の息をついた。


「って又、そんな拾い物してきて」
 フッチの顔を見た途端、シーナはフィルに喚く。
「お前の無能には呆れたよ。ほら、フッチ、説明してやってくれ。シーナに」
 先程の意趣返しらしい。
 今度はラズロも手を貸してくれなかったので、フッチは詳細をシーナに話した。
「なるほど。じゃあ、俺は今から間道の閉鎖と捕獲を始める連絡を取るよ」
「働けよ。俺達は竜の方を捕獲する。そうだなあ。今晩にでも。ラズロどう?」
「OK。あのくらいなら簡単だ」
 フッチには解らなかったが、フィルが言いたいのはピッキングだ。
「ま、言うだけ無駄だから俺は止めないよ」
 シーナはやれやれと言うと、フッチを振り返り気の毒そうに肩を叩く。
「こんなのは日常茶飯事だから慣れれば平気だ」
「・・・はい。がんばります」
 では出かけようとフィルはフッチをそくす。

「今からだと夜になるね」
 ラズロの言葉に、好都合だとフィルは返す。
「ゲリラ戦は得意中の得意だ」
「楽しそうだね」
 くすりと笑うラズロに「楽しい」と、フィルは答える。
「何だかんだ言ってもこの緊張感に抗える戦士はいないだろ?」
 そうだねと、ラズロも頷く。
 それを横で見ながらフッチも同意する。ハンフリーから自分も戦士である事を習った。竜だけで無く、剣での戦いを習った。
 ハンフリーが見せてくれた世界はとても広く新鮮だった。
「そう言えば、ハンフリーは今は何処にいるんだ?フッチが竜洞に帰ってからは?」
 フッチが首を振る。
「いえ、行方は・・・でも、顔を見に来てくれると約束はしてます」
 フィルは成る程と笑う。
「彼らしいね。まあ、その内、ひょいと顔を出すだろうさ。ヨシュアに会いにね」
 そう言えば、まだ、ヨシュアさまの所には来て無かった。と、フッチは振り返る。
「ちゃんと顔を出してくれるよ。約束なんだろ?」
「はい・・・」
「信用してないの?」
「え?いいえ。あのその・・・」
 それにはラズロが答える。
「僕が行った事じゃない?」
「あ、はい。ハンフリーさんはヨシュアさまとお友達でしたから・・・」
 フッチは浮かない顔だ。そう言えばそうなんだと。
「・・・僕なりの推測だけど、強いて言えば知ってたからだと思う。ヨシュアの事を。君を預かった地点でもう決別の意思はあったんだろうなあと思う」
「・・・そんな・・・」
 僕は全然知らなかったのに。
「大人の都合だから知らなくて当たり前だよ」
 ラズロはフッチの頭を撫でてやる。
「あ、ずるい。俺も俺も」
「はいはい。どうぞどうぞ」
 ぐりぐりとフィルがラズロに撫でられているのを見て、又、フッチは思う。
『フィルさまは変わらないな』と。
 何故か凄く変わったように思えた。あの戦争の頃、都市同盟の頃でも何処か影が濃かった。
 その影を払拭してさらに大きくなったように見える。
「よろしくお願いします」
「任せなさい」


「風よ。密やかに眠りを紡ぎたまえ」
 ふわりとラズロの右手から魔法の気配が立ち上る。
「眠りの風」
 側で見ていたフッチは凄いと唸る。
 目の前に倒れているのは十人たらず。それがみんな眠りの風の魔法だ。
「まあ、小手先だけは得意なんだよ」
 ラズロは笑うと竜の檻に近づき、細い針状のナイフを取り出すと鍵に突き立てる。
 きゅいと言う怯える鳴き声に、フッチが手を伸ばす。
「大丈夫大丈夫。おいで」
 しかし、警戒は止まないようだ。
「この子も眠らせようか?」
「大丈夫です。ほら、おいで」
 フッチの手をふんふんと嗅いでいた子竜だが、おずおずと身体をすり寄せる。
「恐く無いよ」
 フッチに抱かれた子竜はとても小さい。
「ブライトもこんな大きさだったな」
「さて、フッチは安全と言うか直ぐに山を降りてくれ。後は俺達に任せて」
 え?
「そんなわけには・・・僕も戦います」
「だあめ。その子竜がいるでしょ?だから、駄目。早く、シーナの所に戻って。俺らは目くらましをするからね」
 ぽんとフッチの肩が叩かれる。
「フィルの言う通りにして。その子竜、弱ってるんでしょ?早く休ませて治療してやった方が良いでしょ?」
 あ、はい。では・・・。
 子竜を抱いて、走り去るフッチにフィルが声をかける。
「良かったな」と。
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