ヒカルの碁 時にはこんな君と5
  時にはこんな君と 5


「俺だって、疑問がないわけじゃないんだ」
 倉田はぽつりと呟く。
 楊海を見送った後の飛行場の喫茶店での、門脇との会話だ。

「何が疑問だって?」
「進藤だよ」
「ああ?何で?おまえさん、昨日はそんな事を言わなかったじゃん」
「そりゃあ、そうだ。あいつの実力に驚いたんであって、謎なんかじゃないからな」
「じゃあ、何で今、疑問だなん言うんだ?」
 倉田はひそりと零した。
「だって、あいつ、師匠いないじゃん。今は、緒方や塔矢と打ってるけど。それ以前は、誰にも師事してないんだぜ?」
 門脇と倉田の間に沈黙が流れた。



 ごおっと上空を飛行機が旋回している。
 展望台の椅子に座って、倉田は昼前なのにドーナツをかぶっている。
「で、進藤君の実力の話だけど」
 風がごうごうと唸りを上げる中、倉田の声は何故か鮮明に聞こえる。
「あれは、何時だったかな?ああ、塔矢名人が引退した日だった。俺と進藤は碁会所で、一色碁を打ったんだ。あいつは初めてだったのに、俺を追いつめた」
 門脇はあの日を思い出していた。あれは本当に驚いた話だった。
「で、俺はその時、進藤にびびってぽかをしたんだ。石の並びを忘れた。まあ、かろうじて感で当てたがな。だが、進藤は確実に憶えていたよ」
「石の並びをかい?」
「そうだよ。あいつ目にはちゃんと黒と白で見えてたんだ。どうだい?そんな事は出来るか?初めて打ってだぜ」
 もちろん、そんな事は出来ないだろう。
「で、あいつ、師匠いないって言うんだぜ?おかしいだろ?」
 俺だってちゃんとした師匠について勉強したんだぜ。なのに、あいつの周りにはそんな有段者のような存在はいないんだ。
「森下先生じゃないのか?」
「違う。あいつはある程度の実力がついてから、森下先生の研究会に顔を出すようになったんだ。白川さんから確かめたから、間違いない。で、その白川さんは、最初にあいつに囲碁を教えたらしい」
 ああ?白川さんが?
「言っておくけど、師匠じゃないぜ。囲碁のルールを教えたのが最初なんだ」
「ルール?って」
「いろはだよ。それが又、妙な話!小学六年の時だと言うんだ」
 門脇は驚くと同時に納得もした。
「・・・才能だと言っていいのかな?」
「才能だよ。北斗杯、見ただろ?たった一日で、10も20も成長するんだよ。あいつは」
 ばけもんなんだよ。
「いや、いい方が悪いな。あれは天才だな」
 門脇も倉田も天才と言われた事はある。もちろん、塔矢 アキラもだ。
 だが、ヒカルはそれの上を行く。
 天才と呼ばれた凡人が費やす時間の間に、何倍も自分の中に吸収してしまうのだ。
 まさに碁の天才だ。
「そう言えば、進藤君はコピーの話をしてたな」
「んん?」
「コピーと言うより、何だか、移し替えるとか言ってたな?パソコンのフォルダーからフィルダーに移しかえるような意味だと思うんだけどな」
「あいつには外付けのハードディスクでもあったのか?」
「まあ、そう言う意味にも取れるが・・・」
 所詮、凡人には理解出来ないだろうよ。
 門脇は、空を見上げた。


 あの飛行機はどうして飛ぶか、お前は解るか?
 知るか。
 ま、それと同じだよな。
 なるほど。

「で、昼飯も喰うつもり?」
「もちろん」



 うふふ。
 ヒカルは最近、とても機嫌がいい。と、言うのは門脇のアドバイスにしたがって、緒方の口説きに成功した為だ。
「あ、門脇さん!こないだはありがとう!」
 ご機嫌は一目見れば解るので、門脇も何となくホッとする。
「旨く言ったらしいな。聞いて正解だったろ?」
「うん。俺、何でも聞く事にしたよ」
 その方が旨く行くもんね。
「良かったな」
「うん、さようなら」
 走り去る姿は、どう見ても普通の子供だ。(いや、普通の男子に男の恋人はいないと思うが。それははぶいて)
 普通の子供だから、余計に不思議に思えたのだろう。これが、塔矢 アキラなら少しは納得の行く話だ。他の人間でもそうだろう。
 ヒカルだから、納得が行かないのだ。しかし、その反面、すんなりと納得する。
「彼は碁の神様に愛されているんだろう」
 全てこれで、解決するのだから、何とも面白い。
「人生は短いんだから、少々の謎があってもいいじゃないか」
 それは自分に言い聞かせた言葉であった。


 緒方はヒカルの事を謎に思う。
 いや、ヒカルのsaiとの繋がりなどではない。
 何故に、自分の恋人などをしてくれるのかだ。
「なあ、ヒカル。俺が好きか?」
「大好きだよ」
「何処が?」
「全部。でも、特に好きなのは、この手かな?」
「手に惚れたのか?」
「だって、ここに俺の一番があるじゃない」
 ヒカルは緒方の右手を掴むと、ぐいっと引っ張った。
『人生には少々の謎も必要か』
 計らずも門脇と同じ事を考える緒方だった。



 謎は謎のままです。ここに出てくる人達は、全員が大人なので、謎を解明したいと思わないのです。自分の意見は人に聞かせますが、別に全て知らなくても良いのです。知らなくても生活は出来ますから。
 アキラが謎を追わなくなったのは、彼が大人になった証拠ですね。で、取ってつけたような、オガヒカ。本当は、そんなヒカルにもこんな小さな悩みがあると言いたかっただけなんですが、旨く表現出来ませんでした。
 脇役に愛だけは達成出来たかな?出来てたらいいなあ。
 時にはこんな君とは、緒方とヒカル 門脇とヒカル と言う風に対峙させてます。只の日常の雑談です。話している内容は非日常ですが。
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