ヒカルの碁 | 時にはこんな君と2 |
時にはこんな君と 2 最近、ヒカルの側に門脇を見かける事が多くなった。 「おい進藤、最近、門脇さんと仲がいいのな」 和谷の言葉に、ヒカルは、ああと頷く。 「んん。ちょっと相談に乗ってもらってるんだ。色々。門脇さん、社会人だったじゃない。いろんな事を知ってるんだ」 和谷もヒカルも中卒だ。学歴の世界ではないが、見聞を広める方法は限られている。 その点でヒカルは門脇を慕っていた。 彼は教師のように、的確なアドバイスをくれる。 「うん、俺、中学から職業持ちだから。先生とかも何となく、俺には怒鳴ったりしなかったしね。働いてるから同等とか思ってたみたい」 ヒカルの言葉に、和谷も成程と思う。現在の棋院最年少順は、越智・アキラとヒカル・和谷の順番だ。ヒカルは今年、17歳になる。 「うん、だから、ほら、色々。門脇さん、大学も行ってるし、語学も堪能なんだよ。楊海さんみたいなんだ」 楊海と聞いて、和谷は楽平を思い浮かべる。自分にそっくりだと何度も頷かれた人物だ。 伊角の言によると、彼も相当、面倒見が良い性格らしい。 「俺に相談してくれないのは、ちょっと寂しいけど、門脇さんの方が大人だもんな」 じゃあ、俺、お先に! 和谷は軽く駆け足で、ヒカルの前から去って行った。 「そんなに沢山、一緒かなあ?」 ヒカルは首を傾げるが、和谷がそう言うなら、そうなのだろう。近頃は、悩みより、門脇の雑学に興味深いのだ。 緒方も博識だが、門脇はその上を行く。聞いてみると、学生時代に仕入れた知識らしい。 「学生は暇人なんだよ」 門脇はさらりと言って、大笑いをしていた。 「進藤」 和谷を見送ったままの背中に、緒方の声がかかる。 「あ、緒方先生」 「今日は、暇あるか?」 「え?ああ、今からなら。明日は地方に行くけど。仕事は明後日だから」 「なら、食事に行かないか?」 ヒカルは大きく頷いた。 結局、外食には行かず、総菜を買って来て緒方のマンションで食事にした。 ヒカルがその方が良いと頼んだ為だった。 「なあ、最近、お前、門脇と良く一緒だな」 食事の最中に、緒方が漏らす。 ほら、来た。と、ヒカルはその言葉を食事と一緒にかみ砕いた。 「うん、門脇さんに、色々相談に乗って貰ってるんだ」 「何の相談だ?」 行くぞ。 「恋愛の相談だよ。緒方先生と俺の。門脇さん、知ってたから」 がちゃんと緒方が持つ、小皿が落ちた。幸い、割れてはいない。 「・・・はあ?」 「気を付けてよ、緒方先生」 緒方は何をどう言えば良いのか?頭が混乱していた。 「俺とお前の恋愛相談・・・だって?」 「そう、もっと話合った方が良いって。俺って子供だから緒方先生の言う事、あまり良く解らないんだよ。そう言ったら、解らないなら聞けって。子供だから解らない事は質問しないと駄目だって」 「・・・ああ、そうだな。で、ヒカルは質問があるのか?」 「うん、あるよ。緒方先生、俺を愛してる?」 今度こそ、緒方の手の小皿は床まで落ちて、砕けてしまった。 「ああ、そう。だって、しょうがないだろ?」 ふぃーと門脇は受話器を置く。電話の相手は楊海だ。 「タイミングを外したら、なかなかチャンスは来ないもんなんだよ」 門脇としては、このままも良いのじゃないかと思う。これはこれで結構楽しいのだ。 ヒカルと話しをするのは、まるで弟といるようだ。門脇には弟はいない。彼の下にいるのは、全て妹だ。長女と次女、一卵性の双子だ。 これが、本当に良く似ている。しかも、シンパシー能力と言うのか、相手の事が何となく解るらしいのだ。犬が主人が帰って来る瞬間が解ると言うが、同じ事が二人の間にはある。 「何故解る?」の問いに、 「「何となく」」と、同時に答える。大した物だ。 「ま、その内、俺の推理も聞いてもらえればいいさ。な、進藤君」 さて、今日はデートなのかな? 門脇はくすくすと笑うと、冷蔵庫を開けた。 ヒカルはどうにも考える事があった。緒方が自分を好きだと囁く事にだ。 人には理解不能だが、ヒカルは、一人に二人の人間が共有していた期間がある。当然それは、現実に与えられた時間も折半して共有する事になっていた。 だから、時間の使い方に非常にこだわる。 緒方が自分の為に割いてくれる時間は、緒方にはそれだけの価値があるのか? 自分に緒方を拘束する価値があるのかだ。 世間の恋人同士が聞いたら、驚く話だろう。だが、ヒカルは大真面目だ。 「ねえ、緒方先生。俺、緒方先生の時間を潰す価値があるかな?」 甘い余韻に浸っていた緒方は、それが一気に吹き飛ぶのを感じた。思わず、ベッドから起きあがって、ヒカルの顔を正面から覗き込む。 「まさか、別れてくれって話じゃねえよな。俺は絶対嫌だぜ」 絶対別れないぞ。 「ええ、そんな話じゃないよ。ただ、緒方先生に取って、俺ってどれくらい価値があるのかと思って・・・」 「価値だって?」 今日のヒカルは変だ。いきなり愛しているかと聞いてきたり、自分は価値があるのかと聞いたり。何を考えているのだろう。 「俺ね、前から考えてたんだ。緒方先生は俺に同情で付き合ってくれてるんじゃないかとね。普通、こんな子供の男とセックスしたりは出来ないよ」 恋人のつれない言葉に、緒方の上にどしりと重りが降りて来た。 『そんな!・・・いや、まだ、間に合う!』 まだ、誤解と、言うか言い聞かせるには間に合うはずだ。 「ヒカル。俺はお前が大好きなんだ。だから、お前がいない人生は価値がない。囲碁はもちろん大切だ。だが、大切なのはお前だ」 緒方の言葉に、ヒカルは罰が悪そうに視線をそらす。 「ごめん。緒方先生。俺、緒方先生は囲碁の次ぎにしか大切じゃないんだ」 その言葉を聞いた緒方はぎゅっとヒカルを抱きしめる。 「それで良い。最高の返事だ」 「・・・あの、先生・・・あたるんだけど・・・」 「そうだな。あまりに嬉しい返事だから、もう一度な」 墓穴を掘ったなとは思いながらも、ヒカルは結構幸せだった。 |
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