ヒカルの碁 恋愛
 錯綜2


 緒方に渡された鍵で、ヒカルは部屋に入る。
 しんとした部屋には、主は帰っていなかった。
「早く帰って来ないかな」
 ぽつりと呟く声が、思いのほか、部屋に響く。
 間を置かずに続けられる情事に、ヒカルの身体が過敏に反応するのだ。
「俺、どうしよう。こんなに欲しいなんて・・・」
 ヒカルの眉がより、泣きそうな声が漏れた。
「緒方先生・・・好き・・・」
 熱いため息を吐出して、ヒカルはその瞳に涙を潤ませた。


「あれ?進藤の靴が」
 玄関を開けたアキラが、背後に告げる。
「ああ、鍵を使ったんだな。そうか。初めてだよ」
 おい、ヒカル。
 呼びかけるが返事がない。
「いるんだろ?」
 ああ、寝てますよ。
 ベッドの上で眠るヒカルを見つけて、アキラが苦笑する。
「疲れてるんですね」
 もう、無茶してるからじゃないですか?
 冷やかしに、緒方は肩を竦める。
「いや、つい止まらないんだ。俺好みだし、こう、可愛いんだよ。縋る顔なんかとろけそうに潤んでいてな。うん、可愛いだろ?」
 緒方にしては手放しの惚気だ。
 それほど、溺れているらしい。
「へえ、貴方がそんなに惚気るとはねえ」
 緒方の女性遍歴を知っているアキラは、半ば呆れた感嘆を漏した。
「まあ、進藤は可愛いですよ。本当に。僕との最初の時でも、びくびくしてて、うさぎの様に怯えてた。・・・でも、うさぎって情熱的なんですよね」
 くすくす。くすくす。

『誰?話声が・・・緒方先生、帰って来たんだ・・・』
 ヒカルはゆっくりと覚醒する頭の隅で、優しい緒方を描く。
『おかえりって言わないと』
 起きあがり、ドアを開けたヒカルは、目の前の光景に凍りついた。

「おはよう、進藤」
 最初に声をかけたのは、アキラだ。
「おう、起きたか?」
 にこやかに緒方が手招きをする。
「・・・塔矢・・・どうして?」
「ん?僕はちょくちょくここにはお邪魔してたよ。この所暫く遠慮してたけどね」
 よろりと揺らめく身体をようようにソファまで、持たせる。
「・・・知ってるのか?俺と緒方先生の事」
 羞恥で身体の血が燃える。
「知ってるよ。でも、僕は別に反対なんかしないし、人にも言わないよ。それこそ、自由だろ?」
 ヒカルはほっとため息を零したが、慌てて言葉を繋ぐ。
「あ、あ、前、言ってた、セフレ・・・って緒方先生の事なの?ねえ、塔矢。ねえ、そうなの?」
 アキラはおやおやと緒方を見つめる。緒方はそのやり取りを無表情で聞いていたが、アキラには内心で大笑いなのが解っていた。
「違うよ。緒方さんは僕のセフレじゃないよ」
 あからさまに力を抜いたヒカルに、緒方が声をかける。
「俺はそんなに信用出来ないか?ヒカル」
「あ、そんな事ないよ。でも、俺、心配だったから・・・。ごめんなさい」
 謝る姿の可愛い事。
 これにはアキラもぐらりと来た。
 随分と可愛らしくなった物だと。
『一月前と大違いだな。色気があるし、何と言っても腰に来る表情だ』
 ねえ、緒方さん。
 ちらりとアキラは緒方を見つめる。
 その視線を受けて、緒方は苦笑を返した。
「ヒカル、冷蔵庫が空だ。俺は何か調達してくる。暫く、留守にするから留守番しててくれ」
「え?あ、塔矢と?」
「ああ、対局でもしていてくれ。旨い物を買って来る。大人しく、待ってるんだぞ」
 緒方はあからさまに動揺するヒカルを尻目に、部屋を出ていった
 残ったのは狼狽えるヒカルと潤んだ瞳のアキラだ。


「ねえ、進藤。緒方さんとしてて気持ち良いらしいね」
 何を一体・・・と、ヒカルが顔を上げると、アキラの顔が間近に迫っていた。
「あ、そんな事・・・塔矢には関係ないだろ・・・」
「そうだね。関係ないね」
 でもね・・・。
「君には関係なくても、僕にはあるんだ。君の表情。僕は好きだなあ。君の悦楽の表情を僕も見たいなあ」
 アキラがゆっくりとヒカルに体重を預けてくると、ヒカルの股間に手をかけた。
「や、やめろ」
「うん、大丈夫だよ。心配しないで。僕が君を入れて欲しいんだ。僕の中にね」
 アキラはそのまま顔を下げると、ヒカルの下半身の衣服を一気にはぎ取り、そのまま顔を寄せる。
「どう?君だって、こんなに欲情してるじゃない?これ、僕に?それとも緒方さん?」
 ほら。
 アキラの熱い舌がヒカルに絡みつく。
 それが緒方と重なり、ヒカルは昼間から持てあましていた熱に火がつくのを感じた。
『熱い・・・』
 ぬるぬるとぬめる舌が自在にヒカルを追いつめる。
「あ、ああ・・・あ、緒方先生・・・助けて・・・」
 懇願の悲鳴と居ぬ人を呼ぶ声に、アキラはさらに熱を煽られる。
「うん、そう。緒方さんを思い出して。ほら、君の恋人を思い出して」
 アキラは自分の下半身をもどかしげに脱ぎ捨てると、ヒカルを口に含んだまま、自分の快感に手を這わせる。
「いやあ」
 喘ぐヒカルに、アキラはさらなる快感を刷り込み、果てをそくした。
 びくっと痙攣の後に、ヒカルが弛緩する。
「どう?気持ち良かった?」
 うっすらと開けた目に、アキラの高揚した微笑みが映る。
「じゃあ、今度は僕にね。ほら」
 アキラの手には先程ヒカルが吐き出した白濁とした物がある。それをヒカルに又、塗りつける。
「もう、やだ。塔矢・・・や。緒方先生が帰って来るよお。駄目だ。止めて」
「大丈夫だよ。まだ、出かけたばかりだから」
 情欲に駆られたアキラには既に何も聞く耳はない。
 ヒカルには解らないだろうが、緒方も了解済みの事だ。
「ほら、まだ、ちゃんと立つじゃない。今度は僕にこれを入れてよ」
 アキラはそのまま、ヒカルに被さると、ゆっくりと自分の中に導いて行く。
「うん、あ、良いよ。動いてくれるとさらに良いんだけど、嫌だよね」
 アキラは自分から腰を揺らすと、中のヒカルを責め上げた。
 そのキツイほどの快感に逆らえず、ヒカルは自分の大腿に爪を立てる。
 アキラに縋るわけにはいかない。
「ああ、いやあ。もう・・・」
「だめ!まだ!」
 アキラの叱咤の声に、ヒカルの目から涙が漏れる。
「やだあ、緒方先生」
 恋人の名前を呼び、それにすがろうと、賢明に自身の大腿に爪を立てるヒカル。
 その表情は妖艶で、アキラの情欲を業火の如くに煽る。
「ん、つう。ああああ・・・・」
 アキラの極みの声に、ヒカルはぐっと目を瞑った。


「ただ今」
 ヒカル?
「あ、おかえりなさい。緒方さん。進藤は、ベッドで寝てますよ」
「何だ、又、寝てるのか?しょうがないなあ」
 うっすらと開けられたドアから、二人の声が聞こえる。
「ご飯、食べて行くだろ?」
「時間がないんで、今日は帰りますよ。進藤と食べてください。じゃあ」
 緒方とアキラが意味深に笑ったのをヒカルは知らない。


「ヒカル、ご飯を食べないか?」
 ふわっと覗き込まれた顔に、ヒカルは手を伸ばすと抱き寄せて唇を合わせる。
「ねえ、今すぐ抱いて。今すぐ」
 好きだよ。愛してるよ。緒方先生。



 ヒカアキ、再びです。緒方先生は真っ黒です。
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