ヒカルの碁 恋愛
 令名


 朝日が眩しく目に入ってくる。
 ヒカルはうっすらと目を開けると、その光に顔をしかめた。
 眩しいのだ。
『ここは?』
 目の前には見慣れない天井がある。
 ああ、ここは・・・。
 そう、ホテルの一室だった。
 昨日は、ヒカルは塔矢とこの部屋に一夜を取ったのだ。酒に酔った勢いで。
 がちゃりとバスルームが開く。
 そこから、バスローブに身を纏ったアキラが現れた。
「あ、起きたの」
「ん、うん」
 ヒカルが自分の姿を見ると、一糸も纏わない姿だ。途端にかっと血が昇り、シーツを巻き付ける。
「入ってくる?」
 あ、うん・・・。
 裸体のままアキラの隣を通り過ぎる時間が長い。
 どきんどきんと胸がざわめく。

 暖かいシャワーを浴びながら、ヒカルは昨日の事を脳裏に映す。
『俺、昨日・・・塔矢としちゃったんだ・・・。塔矢の中に・・・俺・・・しちゃったんだな』
 それを思い出すだけで、ヒカルの下肢に熱が溜まる。
『や、やばいよ。朝から・・・』
 くすんとヒカルは鼻を啜り、下肢に手を添えた。


 事の起こりは、何だか解らない内に、酒を飲まされてしまったヒカルから始る。
 恥ずかしくも、童貞である事を告白させられてしまった。
 羞恥で落ち込んだヒカルに、アキラが声をかけてきたのだ。
 ホテルを取って、泊まらないか?酔っぱらいでは家に帰れないだろ?
 一理ある言葉に、ヒカルは頷いた。
 そんなわけで泊まったホテルの一室で、ヒカルはアキラに煽られて、事をいたしてしまったわけだ。
 童貞消失である。
 色気っぽいアキラに煽られて、散々、肌をまさぐられ、快感の絶頂を味わう寸前に、アキラはヒカルを自分の中へと導いた。
 その気持ちの良さに、ヒカルは理性など欠片も残さずに、快楽を貪った。
 そんな次ぎの日の朝・・・。


「なあ、塔矢、その・・・」
 服を身につけたヒカルがアキラに言いにくそうに視線をずらす。
「何?」
「あ、その・・・塔矢って俺の事好き?」
 ヒカルはその瞬間顔を真っ赤に染める。
「ああ、好きだよ」
「じゃ、じゃあ、俺と恋人になってくれるんだ」
 その瞬間、アキラは嫌そうに顔をしかめる。
「誰と誰が恋人だって?」
「・・・あ、俺とお前・・・・」
「冗談じゃない!誰が君と恋人だって?!」
 アキラはバスローブを直すと、髪を掻き上げた。テーブルの煙草を取ると火をつける。
「冗談じゃない。何で君と恋人なんだ?一回寝たからって?馬鹿馬鹿しい」
 アキラは紫煙を吐出すと、煙草の指をヒカルに突き出す。
「昨日は、君が童貞だって言うから、同情しただけだよ。僕は君みたいな下手な人間と、セフレも嫌だね」
 きゅっと、灰皿に煙草が押しつけられる。
「何?不満?でも、君、僕に突っ込んで嬉しそうだったじゃない?結果的には僕の方が負担が強いんだよ?気持ち良かっただろ?」
 にやりとアキラが笑う視線の先のヒカルは、蒼白だ。
「・・・同情・・・?俺の事、好きじゃないの?」
「君はライバルだろ?それで僕は十分だよ。セックスの下手な恋人なんて持ちたくないね。気晴らしなんだから」
 アキラの口から出る言葉は、ヒカルには思いもよらない言葉ばかりだ。
 自分には初めての一夜の後、恋人同士の甘い睦言を交わしたいと夢など見ていたのに・・・。
 この仕打ちだ。
 ヒカルは何か言いかけて、口をぱくぱくとしたが、結局は一文字に歯を食いしばった。
 泣くなんて、惨め過ぎる。
 そのまま、ヒカルは自分の荷物を取ると、何も言わずに部屋を後にした。

 ばたんとしまったドアから、慌ただしい足音が遠ざかって行く。
 アキラはふふっと笑うと、鞄から携帯を取り出した。


 一週間たってもヒカルの気分は晴れなかった。
 アキラと顔を合わせても、自分の方から避けてしまう。
 若いヒカルには、セフレなど想像も出来なかった。もっと夢のある恋の産物だと思っていたのだ。
 寂しいと思う。
 塔矢の仕打ちが胸に刺さったまま抜けなかった。

「進藤、元気ないじゃないか?」
 声をかけたのは塔矢門下の緒方 精次だ。
「あ、緒方先生」
「風邪か?覇気がないが」
 顔を覗き込んで、心配そうな視線を向けてくれる。
「何でもないよ」
「そうか?」
 あんたの弟弟子とセックスしたあげく、振られたとはとてもじゃないけど言えない言葉だ。
「まあ、病気じゃないなら、飯を奢ってやろう」
 気分転換になるぞと、緒方はヒカルの腕を取った。


「・・・で、そう言う事なの・・・俺、ショックで・・・」
 べらべらと饒舌なヒカルだ。
 食事の後に一局と誘われて、ヒカルは今、緒方の部屋にいる。
 飲んでいるのは紅茶のはずなのに、ヒカルの顔がやや赤い。
「・・・塔矢って、俺の事・・・好きじゃないんだ。でも・・・寝れるんだ」
「お前はアキラ君をそう言う意味で好きなのか?」
 ヒカルは首を傾げる。
「?んんん・・・。わかんないよお。好きなのかなあ?・・・」
「じゃあ、比べてみるか?」
 へ?何を?
 緒方はヒカルの腕を掴むと、寝室のドアを開けた。


「ああ、ん、緒方せんせ〜」
 やだあ。もう・・・。
 あられもない悲鳴が室内に響く。
「俺が経験豊富で良かったな。お前は経験ナシだから、入れるより入れられる方が良いだろ?」
 散々煽られて開かれた身体は、緒方の思うままに痴態をさらす。
「あ、ん、やあ・・・」
 身体をえぐられる興奮に、ヒカルがたまらずに腰を揺する。
「安心しな。俺はお前が好きだからな。アキラ君みたいに突き放したりはしない。今日から、俺の恋人だ」
 夢うつつで聞いていたヒカルの瞳が開く。
「・・・本当?・・・」
「ああ、本当だ。だから、俺に酔え」
 その日の交わりは、ヒカルには得も言われず甘かった。


『アキラ君?ああ、そう。今日、ここに泊まってる』
『協力感謝するよ』
『え?良かったかって?良いに決まってるだろ?極上だよ』
『俺がお初なんだからな。もう、離さないぜ。折角、手に入れたんだからな』
『はは、惚気るなって?それは失礼』
 じゃあな。


「おはよう、進藤」
 朝の光の中で、ヒカルが目をしかめる。
 滲みる光に、そっと目を開ける。
「大丈夫か?無理させたな。愛してる。ヒカル」
 緒方がそっと手を伸ばす。
 抱き込まれる身体に、緒方のいたわりが滲みた。
「大好きだよ。緒方先生」
 それに、緒方は極上の微笑みを返した。
「好きだ。愛しているよ。ヒカル」



  緒方先生の企みにはヒカルは一生、気がつかないはず。
ヒカルの碁目次 令名→錯綜1