ヒカルの碁 楽園の管理人7
 楽園の管理人〜7


「アキラ?いるんだろ?鍵開いてるんだから」
 はいるぞ〜♪

 寝室のドアを開けた途端、芦原は立ちすくんだ。
 そこにいる二人・・・
 ヒカルとアキラのあまりの凄惨さに。


「進藤君〜、ケーキ食べに行かない?俺、食べたいんだよね」
 仕事帰りに芦原がヒカルを呼び止める。
「ケーキ?良いね。行く行く」
 俺ね、こってりが食べたい〜。アイスの付いてるやつ。
「じゃあ、行こうか」


 芦原はアキラが嫌いだ。正確には嫌いになっただが。
 あの日、芦原の前にいたヒカルは痣だらけの上に、下肢は血まみれだった。
 蒼白で言葉もない芦原に、ヒカルが声を絞り出す。
「塔矢は悪くないんだ。芦原さん」
「アキラ!何してるんだ?!」
 ぼんやりとアキラは芦原を見上げると、にやりと笑った。
「そうだよ。進藤は僕を責めたりしないよ。そうさ、僕が・・・馬鹿なんだから。進藤は僕を哀れんでいるだけなんだから」
 唖然とする芦原に、又、力を無くしたアキラの顔がうつる。
「僕は馬鹿だ・・・」
「・・・進藤君はうちに連れていくよ。アキラ」


「おいしい〜。アイスクリーム」
 ヒカルは嬉しそうに、スプーンを動かす。
「うん、美味しいね」
「芦原さん、塔矢と仲直りした?」
「う、痛い所を。でもね、僕はアキラは嫌いだよ」
「それは、俺が悪いからでしょ?塔矢のせいじゃないよ」
「違う、アキラのせいだよ。俺はね、アキラが進藤君を好きでも男同士だとかの偏見はないんだ。でもね、アキラが進藤君に甘えてるのが嫌なの」
「甘えてるのは俺だよ?」
「はあ〜、君は寛容だよね。そんなに好きな人を守りたいの?」
 ヒカルはそのまま黙って黙々とケーキを片づけた。皿が空になってからようやく口を開く。
「初恋だもん。譲れないよ」


「初恋ねえ・・・見込みないのに、アキラも大変だな」
 それでも諦めないのがアキラなんだろうな。
 そんな実らない恋に、執着するのは破滅に向かうようなものだよ。アキラ。
 恋なんて盲目だからしょうがないか。
 でもね、アキラ。
 君は実らない愛に酔ってないか?
 永遠に振り向かない相手を愛する義務に酔ってないか?
 進藤君は、解ってるんだよ。
 君の欺瞞がね。
 それでも、進藤君は許してくれるだろうね。
 彼はとても優しい。そして、残酷だ。
「どんなに深い関係になっても、進藤君はみんなの位置を変えないよ」
 それは淀んだ関係の中の一条の清々しさだ。
「だから、俺は進藤君が好きなんだ」
 アキラには解らないよね。


「ふう、まあね」
 アキラの横には和谷がグラスを干している。
「芦原さんに嫌われたって?」
「そうそう。僕だって本当は解ってるんだよ。進藤は誰にもなびかないって」
「例外、いるじゃない?」
 緒方の事だ。
「何で、進藤は緒方さんには無防備なのかな?」
 ライバルじゃないからだろ?
 和谷がぽつりと呟く。
「あの人は俺たちとは別のスタートを切ったじゃないか?俺たちがプロになった頃にはもう、タイトルを取る程だった。持てる人間の余裕だろ?」
「・・・さあ、それはどうだろ?」
 確かに余裕はあるのだろう。
 だが、それが何から来るのかアキラには解らなかった。
 何故、あんなにも緒方は無欲なのだろう。進藤に対して。
「違うのか?じゃあ、塔矢はどう思うんだ?緒方先生の事」
 僕は・・・
「あの人は何者にも執着しない人だったよ。囲碁以外、何も必要ないと思って・・・。それが・・・」
 ああ、それが緒方が自分に勝っている事だったのだ。
 こんなに簡単で単純な事だったのだ。
 緒方はヒカルではなく、ヒカルの碁を大切にしているのだ。
「成程ね。俺はあいつを院生の頃から知ってるから、どうしても、進藤自身に傾いてしまうな」
「僕もだよ。胸焦がす情熱は碁から始ったと言うのに、何時の間にか進藤自身に変わってしまった」
 芦原さんが怒るはずだ。
 碁ならつぶし合っても高みを目指せるが、恋愛関係は落ちるだけだ。
「それでも、僕は進藤自身が好きなんだ」
 和谷の手がアキラの頭に置かれる。
「それも良いんじゃないか?俺はあいつの碁もあいつ自身も好きだぜ。まとめて好きなんだ」
 そうか、和谷君はだから、旨く行くんだな。
 アキラは酔いの廻る頭で、ぼんやりとそう思った。


 仕事先で、アキラと芦原はばったりと会った。
 お互いにとっさに言葉が出なかったが、芦原から口を開いた。
「元気そうだね」
「ええ、元気ですよ」
「進藤君と会ってるの?」
「ええ、会ってます」
 そう、と、芦原は頷くと、アキラとすれ違った。

 芦原は好きだ。
 塔矢門下で一番親しい友人だった。
 今は・・・遠いと思う。だが、以前より距離は縮まったのだろうか?
 今日の芦原は、自分に何の敵意も持ってないように見られた。
「又、笑える日が来るかな?芦原さんと」
 失った日々は取り戻せないけど、願うならもう一度、あの頃のように笑いあいたい。


「会ってるんだねえ。若いって良いですよね。色々手放しても、戻ってくる」
「ああ、そうだな」
 芦原の言葉に、緒方は薄く微笑んだ。
『随分と皮肉な笑みだな』と芦原は思った。



 芦原VSアキラとのリクを頂いていたのですが、どうも、違うものになりました。すいません。
 書く方向を決めないと、とんでもない話になりそうです。反省。
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