ヒカルの碁 楽園の管理人6
 楽園の管理人〜6


 黒い服に黒いネクタイ。
 彼の喪服姿を見たのは四度目だった。
 一度目はもう、随分昔?の事だ。

「進藤。お前も喪服を持ってたのか?感心感心」
 緒方の言葉に、ヒカルは肩を竦める。
「中学を卒業した時に買ってくれたんだよ。親が。制服じゃ駄目だからって」
 そうだな、こいつは中卒だ。制服はもうないんだった。
 緒方は成程と納得した。
 ヒカルくらいの年齢なら、制服姿が当たり前だろう。だが、彼の正装はスーツなのだ。
「・・・これから、こんな所に来る事も多くなるんだろうね」
 随分と気の弱い言葉に、緒方はヒカルの顔を覗く。
「嫌か?」
「そう言う意味じゃないよ。ただ・・・。死はいつも静かだよね」
 そう言うと、ヒカルは寺の隅の金木犀の花を見つめた。


「よう、進藤。早いな」
 緒方の言葉に、ヒカルは頷く。
「うん、今日は何もないからね。早めに来て、葬儀まで散策しようかと思ってたんだ。ほら、綺麗でしょ?ここの庭。以前も来た時、そう思ってたんだ」
「そう言えば、以前もここで葬儀があったな。お前の喪服姿を見たのは四度目だ」
「そうだった?でも、この服は今日着るのが初めてだよ。以前のは合わなくなってたんだ。生きるって成長もするんだよね」
 その場で、くるりと廻って見せる。
「そうか」
 そうか、あれから・・・。
 緒方は前回のヒカルの喪服姿を思い出す。
 あの日、ヒカルは葬儀の後に、青い顔をしていた。
 死は彼にとって、静かに心に降り積もる雪のような物らしい。のちのち影響が出てくるのだ。次ぎの日にヒカルは体調を崩した。
 聞けば、その前もらしい。
「葬式は平気なんだけどね。どうも・・・あちこちに影がちらつくのが辛いんだ」
 そう言って、緒方のベッドに潜り込んだ身体は、微かに発熱していた。
 軽度の風邪にその日は眠ったままだった。


 ふわりと風がヒカルの髪を撫でる。
「今日は一緒に帰ろう。俺の家に泊まれ」
「ありがとう。緒方先生」


 家の前で、お互いに塩を振りかける。
「まあ、迷信だが、気の迷いが抜けるからな、おまじないだ」
 一番安らげる自宅に、不穏な物は気のせいでも置いては置けない。
 緒方はそう、告げるとヒカルに笑った。
「俺は幽霊を信じてるよ。でも・・・」
 もう、憑かれるのはゴメンだけどね。
 緒方には聞こえない音でヒカルは呟いた。


 ヒカルはソファに腰を下ろすと、ネクタイを緩めた。
 黒いネクタイははらりと彼の首から、滑り降りる。その姿がとても扇情的に緒方には見える。
「普段、見慣れない姿だとそそるな」
「緒方先生もね」
 くすりとヒカルが笑う。
「黒のスーツなんて、いつもと反対だね」
「そうだな。あれは、対局用だからな。今日は、葬儀だ。結婚式が白で、葬儀が黒か。まるで碁石の様じゃないか?」
「ふふ、そうだね。ねえ、緒方先生・・・」
 ヒカルが腕を緒方に伸ばす。
「ねえ、今日は側にいてくれるんでしょ?」
 伸ばされた手を緒方が引き寄せる。
「スーツが皺になるぞ?」
「うん、クリーニングに出すから、良いよ。皺になっても。緒方先生こそ・・・」
「俺もクリーニングに出すよ」
 その言葉のままに、二人はソファにもつれ合うように、沈みこんだ。


 乱れたシャツの中に、乱れた肢体がうねる。
 上着だけはお互い、別のソファにかけてある。緒方がヒカルの上着を脱がせたのだ。
 あまりにも邪魔だったからだが。
「緒方センセー」
 熱のこもった声で呼ばれ、緒方の身体の芯に火がつく。
 煽られる高揚感は、じわじわと下肢に集まってくる。
 はだけられた胸元に、緒方は唇を落とすと、一番鋭敏な部分に歯をたてた。
 嬌声とともに、肌が泡立つのが解る。
「やあ、ん、ああ・・・」
 もっとと強請られて、緒方はますます、それに執着を見せ、既に、熟れる熱をはらんだ肢体を余す所なく、蹂躙し始めた。


「和谷君、進藤は?」
 既に葬儀の終わった式場で、アキラは和谷を見つけた。
「あ?もういないのか?俺、今日は色々忙しかったからな」
 見渡すと、もう、あらかたの人は帰ってしまっている。残っているのは、久々の再開に談笑している人々だ。
「僕もさっきまで、呼び止められていたから」
「俺もだよ」
「進藤は葬儀が嫌いだから・・・心配なんだけど・・・」
 その言葉に、和谷は緒方がいない事を指摘する。
「そうだね。いないね」
「心配なら、電話してみれば?携帯持ってるだろ?」
「うん、ちょっと、失礼するよ」
 アキラは雑踏を離れると、ヒカルの携帯の番号を押した。


 ルルルル〜。
 喪服の上着から、着信音が聞こえる。
 緒方は顔を上げると、ヒカルの顔を覗き込んだ。
「携帯・・・出ないと」
 重要な連絡かもしれない。緒方は身体を起すと、携帯を取った。
『もしもし?進藤?』
 緒方の顔がにやりと歪む。
 そのまま、ヒカルに携帯を握らせると、再び愛撫を始めた。
 さっきよりも熱のこもった動きで、ヒカルを翻弄する。
『もしもし?進藤?』
「・・・塔矢・・・」
『今、何処?』
「あ、・・・あ、塔矢・・・」
 アキラの顔が奇妙に歪む。
 進藤の嬌声?
 これは・・・。どう考えても、進藤のあの時の声だ。
 緒方さんとヤッテル最中だったか。
 長い嬌声がアキラの耳朶を打つ。ヒカルの肢体が反り返ったのが、ありありと解る声だ。
 その途端、アキラにも悪戯心が湧いた。
『進藤、何だか、よく聞こえないよ。今どこなの?』
 ヒカルに答えられるわけもないのに、アキラはワザと携帯に向かい話し続ける。
「とお・・や・・・。いま、だめ・・なんだ・・・」
『え?何だって?』
 ううっとヒカルが唇を噛みしめて、声を殺す。
「ひ、や、もう、駄目、緒方先生!早く」
 せっぱ詰まったヒカルの声に、アキラは苦笑すると、携帯から緒方の声が聞こえる。
「と、言うわけで切るぞ。今から、お楽しみの最後なもんでな」

 ぷつりと通話が途絶えた。


「どうだった?」
「うん、緒方さんの所にいたよ」
 セックスの真っ最中だったよと、零すと、和谷は目を向く。
「・・・そうか・・・」
「いやあ、艶ぽい声だったよ。ちょっと失礼。僕も催して来た」
 へいへいと和谷はその姿を見送る。
『ま、良いか』
 今夜は安らかに眠れるだろう。進藤も。
 暫くして、アキラが戻ってくる。微かに頬が赤いがすっきりとした顔だ。
「飲みに行くか?今日は」
「そうだね、これを着替えたら、行こうか」


「緒方先生、意地悪だ」
 ぐすんとヒカルが鼻をすする。
「興奮出来ただろ?」
「やあだよ。俺だって、最中を覗かれるのは・・・」
「覗いたんじゃなくて、携帯ごしだろ?」
 緒方の顔に張り手が飛ぶ、それをやりすごすと、反対にその手をねじ伏せた。
「意地が悪いのは俺じゃなくて、アキラ君だろ?」
 囁かれた言葉に、ヒカルは顔が真っ赤に染まる。
「もう、寝る。疲れた!」
「おう、おやすみ」


 安らかな寝顔を見ながら、緒方はため息を零す。
「ち、まったく。たまに見る姿はそそるな」
 にやける顔で、緒方は缶のプルを引いた。 



  こんな物を書いて良いのかどうか・・・?あまりにも、下世話ネタです。だんだん、地下らしくなってきました。
  ヒカル君、社会人だから、葬儀に出る事も同じ年頃よりは多いんでしょうね。
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