ヒカルの碁 楽園の管理人5
  楽園の管理人〜5


「俺の楽園はあいつだよ」
 あいつとは誰なのかは、誰も知らない。


 腕を絡め足を絡め、身のうちに楔を感じる。
 この瞬間、ヒカルは思うのだ。
『捕まえたと』
 心の中に住んでいる幻の存在が、今、自分の中に再び入って来る。
 肉の衣を持ち、自分を再び抱きしめる。
『愛してる。貴方だけを。俺の一番大好きな人・・・』


 アキラがヒカルを呼び止めたのは、随分と久しぶりだ。
「ねえ、進藤。時間あるかい?」
「ん?ああ、あるよ。もう、用事はない」
「じゃあ、付き合ってくれ」
「OK」

 昨日、桑原の引退宣言が出された。
 ヒカルはあの日を振り返る。
「又、あの庭を見たいんだけどな」
 あの庭は佐為に似合いそうだと思ったのだ。あの庭の春、夏、秋、冬。
 どの季節にいても、佐為ならとても似合うだろう。
 大好きな人。
 今までもこれからも。彼が一番、大好きだ。

 だから、どんなに好きだと言われても、誰も一番にはしない。
 例え、自分の一番のライバルでも。


 軽い酒と食事の後、アキラはヒカルを自宅に誘った。
 今のアキラはマンションで一人暮らしをしている。家を出たのは、彼なりに思う所があった為だ。
 自分の環境を変え、他の角度から見て見たい。
 自分が過ごした環境から見るのではなく、別の環境から自分を見たいと思ったのだ。
 結果、
 何故か、進藤 ヒカルと深い仲を築いてしまった。
 今、思い出しても、はずみとしか言いようがないのだ。
 これに関しては。


「シャワー借りるぞ」
 部屋に入るなり、ヒカルはバスルームに直行した。
 バスルームから聞こえる水音に、アキラの胸が騒ぐ。その甘美な誘惑を思い出したのだ。
 ヒカルを組み敷き、喘がせ、自分の雄で征服する。
 何とも、甘い。

 彼との最初の夜は・・・
 実家で碁を打ちながら、進藤の何気ない言葉をどうしても聞き逃せなかった。
「お前、良くもてるから恋人いるだろ?」
「いないよ。君こそいるだろ?」
「うん、いるよ。今はここにはいないけど、そいつが一番好きだ」
 夢見るような瞳が、窓の外に向けられる。
「一番好き?」
「そう、二番はない」
 そんなやり取りが、自分の中で煮詰まってしまった。
「じゃあ、君の身体をくれない?」
 からかいのつもりだったのだが、あっさりと返事をされた。
「うん、良いぜ。でも、俺、お前とは恋人にはなれないぜ」
 ああ、それでも良い。
 君を隅々まで暴いて、君に潜む幻を追いだしてやる。


 あの時、引き返せば良かったのだ。
 でも、もう、戻れない。
 君が僕の上にどんな幻を見ていようと、どんなにそれが残酷で腹立たしくても、僕はもう引き返せないのだ。
 君が未来に案内してくれるのだから。


「あ、いやあ・・・」
 ヒカルの喘ぎ声に、アキラの熱が煽られ燃え上がる。
 股間に埋めた顔。目の前には、ヒカルの震える肌がある。口に含んだ快感の元が張りつめ、露を零す。
 アキラは口を外すとヒカルの頬を軽く叩く。
「起きてる?進藤」
「起きてる・・・つもりだ」
「じゃあ、今、君の上にいるのは誰だい?」
「・・・・・・アキラだ」
 この時だけはヒカルはアキラと呼ぶ。アキラがそう呼んで欲しいと言ったのだ。
「間違えるなよ。僕だ。誰でもない。僕だ」
「間違えないよ」
 だって、佐為は生身じゃなかったんだぜ?間違えるわけがない。
「嘘つきだよ。君は」
「駄目なのか?」
 アキラは首を振る。
「解ってるよ。君は・・・解ってる」
 アキラはヒカルの首元に口つけ、耳を噛んだ。
「あ、いた・・・」
 ぎりりと歯をたてる。
「痛い?ふふ、気持ち良いの間違いだろ?」
「う、やだ、もう、痛いのはやだよ。ねえ、アキラ」
 媚びた様な瞳を向けられて、アキラは薄く笑う。
「そう?じゃあ、痛くないようにしてあげる。ほら、痛くないだろ?」
 アキラの手がヒカルの身体をまさぐる。
 唇を寄せて、その肢体を余す所なく吸い上げると、甘い声があがった。
「気持ち良いみたいだね。じゃあ、もっと気持ち良くして上げるよ。ほら、君の欲しい物をあげる。僕は君に縛られたいんだ。もっともっと」
 アキラの楔がヒカルを刺す。
 その瞬間、ヒカルのうっとりとした顔がアキラの視界をよぎる。
 痛いほど唇を噛みしめて、アキラはヒカルを犯すのだ。
 そうしないと、言ってしまいそうだ。
『僕は身代わりじゃないと』

 ヒカルの嬌声を聞きながら、アキラは意識を白く染め上げた。


「ちょっと煮詰まってるのか?塔矢」
 ベッドで寝返りを打ちながら、ヒカルはアキラの顔を覗き込む。
「そうかもね。君は何でも知ってるんだろ?」
「俺は何も知らないよ。だから、探してるんだ」
「何を?」
「楽園への道だよ。地道に碁を打つしかないんだ。そこに行く道はね」
 アキラがヒカルに手を伸ばす。ヒカルはその手を取り、指を絡める。
「僕も行きたい」
「うん、一緒に行こう・・・決めてただろ?お前も」
「ああ、決めてたんだ」
 そう、僕は決めてたんだ。
 進藤と出会った時に、僕は決めてたんだ。

『何処までも一緒に行くんだと』

 その夜、久しぶりにアキラは穏やかな気分で眠りにつけた。


「まったく、塔矢は一途だよな。でも、俺にはその一途さが・・・救いなんだけどな」
 お前は佐為に似てるよ。
 ヒカルはベランダの星を見上げると、両手で自分を抱きしめる。
 ぼんやりと霞む視界に、目が熱く感じた夜だった。


 こんな夜もヒカルにはあります。
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