ヒカルの碁 楽園の管理人3
 楽園の管理人〜3


 ヒカルが自宅のドアを開けると、見慣れない靴がある。
 それをじっと凝視してから、おもむろに靴箱に仕舞い込んだ。

 ヒカルは18歳の時から、一人暮らしをしている。
 職場に程近い交通の便の良い場所に、2DKのマンションを借りて暮らしているのだ。
 だが、一月の内、半月はいないも同然の暮らしだが。
 半月の撃ち分けは、出張か、緒方の家か和谷の所、もしくはアキラの家で過ごしているかだ。


「よお、来てたのか?家出人」
 ヒカルが部屋の奥に声をかけると、寝起きの青年が顔を覗かせた。
 青年の名前は、
 越智 康介と言う。

「おかえり」
 不機嫌な顔で、返事を返す越智に、ヒカルはいつものと箱を指さす。
 お菓子の缶だ。
「一泊、1000円ね」
「ああ、解ってる」
 家出人の宿泊条件は、一泊1000円だ。それをヒカルが指さした缶の中に入れる事になっている。
 だが、その缶の中は、何時見ても一向に自分の入れた金が減る様子はない。
 ある日、我慢出来なくて聞いてみたら、
「あ、それ?お前が結婚する時に、結婚祝いを買おうと思って貯めてるんだ」
 返事に困る言葉だった。
 以来、もうその缶の中には5万円ほどの金額が貯まっている。


 越智がヒカルの居候になったのは、些細な事がきっかけだった。

 その頃、越智は見合いを勧められていた。
 ようやく高校を卒業して、囲碁に打ち込めると思っていた越智は、それに反感を持った。
 色々と教育をしてくれた祖父には確かに感謝してるが、今まで手一杯だった学業から解放されたのだ。それなのに・・・。

 全力で追いかけないと、塔矢 アキラは追い越せないのだ。
 それなのに、誰も解ってない。

 越智は憂鬱だった。
 そんな折り、それがヒカルとの些細な会話でばれたのだ。
 いらいらとしている越智に、ヒカルが笑った。
「じゃあ、家出する?」
「何処に?」
 自分にはそんな心当たりは到底ない。誰もそう言う意味では親しくないのだ。
「場所がない?じゃあ、俺んち」
 どう?と。
「ただじゃないぜ。一泊、1000円だ」
「塔矢に殺されないか?僕が」
 ヒカルがくすっと笑う。
「怖い?ま、大丈夫。俺んちには誰も来ないから」
 越智は暫く考えていたが、その言葉に乗った。

 越智とヒカルは結構長い付き合いだ。院生時代からだから、かれこれ5.6年にはなる。
 その間に、目の前の男、進藤 ヒカルは随分と変わった。
 若手の双璧と謳われる程の囲碁の才能。
 塔矢 アキラとライバルだと言う言葉を笑う者はもう何処にもいない。
 確かに、並び立つ実力だ。
 そして・・・。
 越智はヒカルの部屋に案内されて、それを知った。


「なあ、越智、これとこれどっちにする?」
 ヒカルの右手にあるのは碁石、左手にあるのは所謂避妊具だった。
「・・・何でだ?」
「俺の家に来るヤツは、選んで貰うんだ。ここで何もしないヤツは俺はいらないからな」
 大した家主だ。
「で、どちらを選べば、君の気に入るんだ?」
「どっちでも。俺的には一緒。まあ、出来れば、碁石の方が良いんだけどな。洗濯が大変だしな。こっちを選ぶと」
 ひらひらと左手を振って見せる。
「家賃払うんだぞ」
「まあな、でも、大家は俺だ。俺は俺に利益のない人間をここに泊める気はない」
「左を選んでも、君に利益があるのか?」
「あるよ。越智の初めての男だ。どうだ?俺にとっては十分利益だ」
「弱みを握る利益か?」
 ヒカルは首をふる。
「弱みで脅そうなんて思ってないぜ。そうだな、俺、塔矢と和谷と緒方先生とやってるぜ。他にもいたけど。どう?俺の弱み」
「バカバカしい」
 如何にも、嫌悪した越智の言葉に、ヒカルの冷たい声が落ちた。
「なら、越智。俺をそんな目で見るな」
 反論しようとヒカルと視線を合わせると、凍るような目で睨み返される。
「お前、俺の事を羨ましいとか思っているだろう?見え見えなんだ。うっとおしい。俺に塔矢が構うのは昔からだ。お前の目は何時も、如何にも俺を退けたいと叫んでるんだぜ。気がついてなかったのか?」
 越智は唖然とする。
 自分はそんなにあからさまだったのか?
「お前は俺を見る度にいらいらとしてたんだろ?こいつがいる限り、塔矢は見向きもしないって」
 どう?正解だろ?
 ヒカルが越智の目を覗き込んだ。
「あ・・・」
 僕の方が背が高い?何時の間に?
「気が付いた?お前ももう、以前とは違う人間なんだぜ?気が付かなかったのか?俺より背が高いって。越智は昔に捕らわれすぎだ。ほれ、選ぶんだ」
 ヒカルが左の手を突き出す。
「お前の征服欲を一つだけ満足させてやるよ。塔矢に近づけるようにな」


「お前、初めて?」
 ヒカルの言葉に、越智は首を振る。
「あ、でも、男とは初めてだ」
「それが一般的だぜ。まあ、大丈夫。俺は慣れてるから」
 ヒカルはするりと服を落とすと、越智の首に手を回す。
「どう?まあ、嫌だったら、止めていいぜ。お前、ノーマルだもんな」
「・・・進藤に関しては、それは怪しいな」
 越智は苦笑すると眼鏡を外した。


 身体の中に異物を入れると言うのは、どんな気分だろう?
 越智はヒカルの中に分け入りながら、ぼんやりと快楽に霞む頭で考えた。
 背中から抱きしめた身体は、自分よりは華奢だったが、痩せているわけではない。
 腰を高く上げて、シーツを掴む姿は自分の征服欲を頂点まで満足させてくれた。

 艶事に不慣れな越智に、ヒカルはいちいち指図を出した。
 ヒカル自身も自ら、積極的に越智の身体を煽った。最初など、コンドーム越しとは言え、口での施しを行ったくらいだ。
 それが幸いしたのか、越智の身体はヒカルとの関係をスムーズに受け入れる事が出来た。
 ヒカルの身体が小刻みに震えて、それが越智に快感を伝える。
「苦しいか?」
「あ、大丈夫・・・あ・・・」
 何とも甘い色香のある声だ。
 男である事が信じられない程だ。いや、確かに、男の声ではある。
 長い嬌声の後に、ヒカルの力が抜けた。その一瞬前の凄まじい快感に、越智も思考を白く染めたのだった。


「寝てたのか?悪い、起したか?」
 寝起きのような越智に、ヒカルが詫びる。
「いや、起きようと思ってたんだ。1000円はもう入れた。で、冷蔵庫に食事が入ってるけど?」
 食べる?
「うお。サンキュー」
 冷蔵庫を開けると、外食メーカーのサラダと唐揚げが入っている。
「で、今回は何があったんだ?」
 それに、越智は肩を竦める。
「振られたんだ。見合い相手から」
「へえ、それは気の毒だな」
 ちっとも気の毒とは思っていない風情だ。レンジで唐揚げを温めているのだから。
「そ、嫌なんだって。遊んでくれない男は。今時の若者だもんね」
 越智がにやにやとヒカルを見る。
「遊んで欲しいのか?」
「そ、遊んで欲しいんだ。進藤」
 越智が右手を突き出した。
「これでね」


「OK!本日は特別に遊んでやろう。さ、そこ座れ。どっちが握る?」



 オチヒカです。リクエストがあったので、書いてみました。越智19歳です。
 この家出人居候の役は決まってなかったのですが、オチヒカのリクエストにより決まりました。
 社(健全で)を入れようかと思っていたんですが、無理があるので断念してました。
 多分、オチヒカはお初ではないかと思います。チャレンジャーしてみました。
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