ヒカルの碁 楽園の管理人2
 楽園の管理人〜2


 側にいても届かない距離ってあるんだよ。
 永遠に届かないんだ。
 そんな言葉を呟く時のヒカルは、怪しく綺麗だと和谷は思った。

「ん、あぁ」
 ずるりと引かれる異物に、ヒカルが声を漏すと、大きなため息をついた。
 ふうと。そして、目をそっと開ける。
 その瞳が、じょじょに現実を取り戻してくるのを和谷はゆっくりと眺めた。
 こんな時のヒカルは同じ人間だとはとても思えない。
 作り物めいた、夢の中の住人のように現実感がない。
 だが、
「あ?終わった?和谷」
 一つ口を開けば、これだ。
 甘い夢など、ぱらぱらと卵の殻のごとく、剥がれてしまう。
「あ、まあな・・・」
 歯切れが悪いのは、どうも足りないからだ。今日のヒカルはどうも、反応が良すぎる。
「・・・まだ、したいの?」
「したいって言ったら?」
「うん、良いよ」
 あっさりとした返事だ。
「大丈夫なのか?」
 大丈夫とはすなわち、ヒカルの身体の事だ。
 実際、セックスと言うのは疲れる。それを複数相手にしている人間が、今、和谷の下にいる人物だ。
 だから、和谷はヒカルに許容量を超える行為を強いたりはしない。
「うん、最近、塔矢とはしてないから。緒方先生ともね」
 緒方先生とはともかく、塔矢と何もないと言うのは、珍しい。
「何かあった?」
「ん、まあ、後で話す。しないの?」
 こんな好機を逃すわけにはいかない。と、和谷は新しいパッケージを破った。

 喘ぎ声がヒカルの快感を伝えている。
 和谷は最初、男でも気持ち良いものだろうか?と、疑問に思っていた。
「そりゃあ、入れる時は痛いけど、身体を触るには男も女も関係ないんじゃない?寧ろ、男の方が男の生理は良く解ってると思うけど」
 ほらね。と、股間をまさぐられて多いに慌てた。
 そこで、和谷は初めて気が付いた。
 ヒカルが男とセックスあるいはそのまねごとをするのに、同性であると言う嫌悪感がないのを。
 そう、ヒカルには拒むと言う感覚がないのだ。
 だからこそ、みんなが彼に引かれるのかもしれない。
「あ、うん」
 内壁を揺すられる感覚に、ヒカルが何とも言えない甘い香りの喘ぎを放つ。
 胸や首筋の感じる場所に、舌を這わせると、いっそう香りが強くなった。
「あ、和谷」
「どうだ?進藤」
「うん、も、痛い・・・」
 甘い痛みだ。
 和谷は、膜に覆われたヒカルの股間の猛りに手を添えると、強く揉みほぐした。
 途端に、収縮するヒカルの内部に、頭が燃えるような快感を感じ、さらに手の動きを早くする。
 背筋を駆け上がる、悪寒のような快感に、和谷は吐精を終えた。


「で、何で?」
 和谷は、きっちりと先程の会話に戻っている。
「ん、あのね」
 快感の気だるさからか、ヒカルの言葉は子供のようだ。
「ええと、緒方さんが・・・」
 聞いた内容を和谷は、こう整理した。

『つまり、緒方先生と楽しい時間をすごした後、にやけてたら、塔矢の感に触ったと言うわけだ。で、まあ、乱暴にセックスさせられたんだな。で、塔矢はそれを自己嫌悪して進藤に触れてないと言うわけか。ついでに兄弟子の芦原さんにもばれたと』

「それ、何時の事だ?」
「一ヶ月前。まあ、ざっぱに数えると」
 ヒカルは枕元に置いた、ペットボトルの水を飲みながら、頭を掻いている。
「気にしなくても良いのに」
 平然と言うヒカルに、和谷は内心、ため息をつく。
 それはお前だけの事情だろ?
 でも、それは口には出せない言葉だ。
「寝ようか?」
「うん、そうだね。おやすみ」

『明日、いや、今日か。塔矢のヤツ、捕まるかな?』



「よ、大将。元気か?」
 駅の改札で、和谷は塔矢を捕まえた。
「こんにちわ。和谷君」
「お前、時間ある?今日の予定は?」
「1時間もあれば、用は終わるよ」
「じゃ、待ってるからな」


 塔矢 アキラと言うのは不器用な人間だ。
 偉そうで尊大な態度が現れるのは、碁盤に向かうか碁に関する事に限定される。
 後は、日常でもどこか惚けた感じのする人間だ。
 和谷は最初、それを知らなかった。
 塔矢 アキラと言う、ライバル門下生を何処までも敵視していたのだが、ヒカルを挟んでの関係が始まってから、度々、塔矢 アキラの私生活にも触れる機会が出来た。
『こいつ、少し鈍いんじゃないの?』
と、和谷が考える程、塔矢 アキラは普通の人間だった。
 世間で騒がれるサラブレッドのはずなのに、複雑な盤面の先を読む事も出来るはずなのに、所謂、天然だった。
 過去形なのは、少し進歩したからだ。

 ホテルの喫茶室で、お茶を啜りながら、和谷はその天然の顔を拝んだ。
 高級ホテルにしたのは、何ともバカバカしい話を切り出さなければいけない為だ。
「お前さん、進藤と会ってないんだって?」
 アキラの顔が暗くかげる。
「ああ、俺、昨日、て言っても今日か。進藤といたから。で、進藤にゲロさせたんだ」
「進藤が?」
 秀麗な眉がつり上がった。身体に重い感情が落ちたのだろう。
 だが、深呼吸の後、「そう」と、呟きだけが漏れた。
「進藤は気にしていないって。お前が気を使っているみたいだって言ってたよ」
 おかげで、昨晩は4回もさせてもらったとは言わないが、胸の内で自慢する。
「随分、節制してるじゃないか?良いのか?」
「良いも何も・・・あ、聞いてないのか?芦原さんの事」
「いや、聞いてるけど?で、現場を見つかって、芦原さんが進藤を連れて帰ったんだろ?」
 アキラがもごもごと口を動かす。
「・・・それだけでもない・・・」
 じゃあ、何だと言うんだ?
 和谷は首を傾げる。
「言ってしまったんだ。僕は碁以外では一番じゃないって」
 あちゃあああ〜。禁句。
 最大の禁句だ。
 それでも、進藤は塔矢を許している。
「そうなんだ。許してくれたんだ。・・・情けないだろ?僕自身が情けないよ」
 これはその為の戒めなんだ。
「まあな。納得」
 俺も何時か言いそうな言葉だ。幸い俺は、まだ言ってなかったが。
 でも、例え、俺がその言葉を言っても、進藤は許してくれるだろう。
「まあ、最低な方法でセックスしたのも認めるけど・・・」
 何せ、シーツが血まみれだったからなあ・・・。
 ぼそりとした呟きに、冷や汗が流れる。
『おいおい・・・お前、何したんだ?』
 和谷の呟きが聞こえたわけではないだろうが、アキラは自嘲気味に、それでも楽しそうにくすりと笑った。
「ちょっと縛り付けただけだよ。暴れたからね」
『こいつ、Sかも。いや、Sだよな』
「うん、ま、それはしょうがないんだけどね。だって、進藤ったら、滅茶苦茶暴れて僕から逃げようとするんだもん」

「あの言葉を言ったら」

 それは最大の禁句。

「だから、ただ今、謹慎中。で、芦原さんにも嫌われたしね」
 謹慎中と言うけれど、和谷には解っていた。
『こいつ、俺が来ないと、海よりも深く沈んで行っただろうな。何せ、天然だから』
 俺も、面倒見が良くなったもんだぜ。
「塔矢、暇か?飲みになら付き合うぜ」
「ああ、暇だ。ありがとう」
「礼はいらない。昨日、進藤と散々、楽しませてもらったからな」
 ほら、塔矢の目に光りが湧いてきた。こいつはこうでないと。
「何で教えてくれるんだ?」
「俺はアンフェアーは嫌いなの。俺の実力で勝ちたいの」
 アキラの口の端が微かに、痙攣している。
「そう、そうだね。僕の実力は君も知る所だからね」
「ああ、知ってる。碁しか出来ない馬鹿だって。だから、落ち込むんだって」
「ありがたく頂戴しておくよ。その言葉」
 浮上完了。


「和谷、今頃、塔矢と一緒かな?」
 ベランダで空を見上げながら、ヒカルは珈琲を啜っている。
 その隣では、緒方がこれまた、珈琲を啜っている。
「お前は人使いが旨いな」
「だってね、俺が言ってもしょうがないもの。俺は一応、加害者だよ」
 緒方はヒカルの横顔を見ながら、ヒカルの老成ぶりに目を細めた。
『まったく、大したツアコンだよ。トラブルをものともしないんだからな』
「俺は、塔矢も和谷も緒方先生も大好きだからね」
 何気ない一言に緒方は身が縮んだ。
『ばれたかな?』と。



 前回のオチ。18禁部屋らしくしてみました。しかし、ヒカルは強かだなあ。これは、おそらく、緒方の影響かも。
 佐為で頭脳学習、緒方で実技学習。開き直った男は手が付けられません。
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