幻想水滸伝 | 空の羽根〜序章 |
あれは、空に浮かぶ羽根に見えないか?
そう言って、ラズロは空を指さした。 真っ白い雲が空の上でその美しい白をさらしている。 「うん、羽根に見えるな」 「僕らにも羽根があれば・・・どこかに行けるかな?」 おいっとテッドは驚いてラズロの顔を覗く。 「嫌だなあ。そんな事を思ってるわけじゃない。僕はちゃんとこの戦いが終わった・・・後の事を言ってるんだ」 そっかと、テッドは視線を外す。 「もし、この戦いの後に生きてたら・・・あの海の向こうまで行ってみたいな」 それについて、テッドは返す言葉を持たない・・・と、言うより持てない。 ただ・・・そうあって欲しいと思うだけだった。 「テッドは、霧の船に乗る前・・・色んな所を旅してたんでしょ?」 「ああ、まあな」 「話して聞かせて欲しいな」 駄目かな? 滅多に我が儘を言わない恩人(テッドは一応、そう思っている)からの小さなお願いに、それまで旅した国の事を少し話そうと思った。 「と、言っても何時も逃亡生活だったから・・・大した話は出来ないぞ。まあ、おとぎ話とかの類くらいしか・・・」 それでも、良いと、ラズロは笑う。 聞けば、ラズロは隣のガイエン公国にも行った事が無いと言う。ミドルポートには良く行くが、港街の中だけらしい。 「世間狭いよね」 彼にとっての世間は、ラズリルの港町と騎士団の館と領主の屋敷。 「ミドルポートには、騎士団の航海練習のついでに良く立つ寄ったけどね。船を下りるのは交代だし、そんなに色々は行って無いよ」 シグルドさんが、アレだったのには驚いたけど。 アレ?ああ、アレかあ。 テッドはキカの片腕のシグルドを思い出す。何でも、ミドルポートの領主のお抱え海軍の司令官だったそうだ。 彼が、実はガイエン公国にある士官学校の卒業だった事をラズロはこの前聞いた。 『一応、ヘッドハンティングでスカウトされたんですよ。でも・・・商船護衛よりは海賊行為の方が多かったですね』 だから、今、海賊ですが以前から海賊と言っても間違い無いですよ。 この船には文官が少ない。シグルドとヘルムート、ケネスは政策面でラズロを助けてくれる面々だ。 「お前は人材に恵まれてるよな」 まあ、運命に恵まれないんだから、人材くらいよこせって感じだけどな。 「そうだね。テッドも来てくれた事だし。僕は本気だったんだよ。友達になりたいって言うの」 「・・・友達かあ・・・。ある意味では友達以上の関係だな。俺たちは・・・」 同じ穴の狢。 そうだね。 「アルドがね、僕の事を孤高な鷹だって言うんだよ。どう思う?」 アルド?ああ、あの馬鹿か。 「紋章の事を教えてやったのに、まあ、まといつく。俺だって、好き好んで・・・」 「うん。解ってる」 テッドは・・・。 「俺の探してる人は、今、この時代にはいないのかもしれないな・・・」 「?」 ラズロのいぶかしそうな瞳に、テッドは紋章を撫でる。 「こいつは・・・色んな事をしでかすんだよ。この世界の星であるはずなのに、この世界の法則を無視する。・・・不老もまあ、その一つ・・・だな」 「世界の法則を無視する?」 「ああ、そうだ。真の紋章は我が儘なんだ。って言うか感じて無いのか?真の紋章には意思のようなものがある。それは人の世界では酷く解りにくい感情と言うか・・・ 人の感覚に当てはめられない。だから、人間の感情を借りてそれを表現しようとする」 ソウルイーターは貪欲だ。 「でも、何故そんなに貪欲なのか?持っている俺にも理解出来ない・・・」 「僕も何故、罰は命を喰らうのか理解出来ないよ。罰の中で出会う人も呪いだとかしか思ってない・・・ようだね」 呪いか。 「罰の紋章は許しを待っている・・・?誰がこの紋章を許すんだろう?」 テッドには解った。 その紋章はお前を待っていたんだと。 だが、口に出しては何も言わなかった。 ただの慰めの言葉にしかならないからだ。 漂流中のスノウを見つけてから、ラズロの様子が少し変わった。 色々あった仲だ。 気まずいのだろう?と、誰もが思ったが、ラズロはスノウには見る限りでは丁寧に親切に接している。周りのものは、距離を測りがたいのだろうと考えていた。 ラズロのスノウに対する態度は、怒りとかさげすみとかそんな感情では無いようだ。 寧ろ、怯えのようなもの?と、遠目から二人を見るテッドは思った。 一体、何に怯えているのか? この船の中でラズロはリーダーで、その腕だって軍一と言ってもおかしく無いものだ。 「スノウが恐いのか?」 ある日、テッドは意を決して聞いて見た。 「俺には言えないか?」 「・・・聞いたら・・・テッドも巻き込む・・・それに、どうしたら良いのか・・・解らないんだ」 「もう、巻き込まれているぞ」 この船に乗った地点で。 船に乗ったのは俺の自由な意思だ。とも、付け加えた。 「・・・紋章・・・の事・・・だと思う」 「?真の紋章の事か?だったら、俺以外には誰にも解らないじゃないか」 結局、相談出来るのは俺だけって事だな。 テッドはため息を吐くと、ラズロの手を握る。 「何処か・・・二人だけで話せる所は無いかな?」 「ビッキーに頼んで・・・」 「行き先は?」 「ラズリルへ」 デスモンドに伝言を残し、二人はラズリルの地を踏む。 ビッキーが送ってくれたのは港だったが、ラズロはこちらと言って、街から続く、小さな道を山の方に向かって歩いた。 「ラズロ、何処に行くんだ?」 「お屋敷の方。こっちからでも行けるんだ」 少々遠回りになるけど、勘弁して欲しい。 ラズロに案内された領主の屋敷は、廃屋とは言わないが荒れていた。 「あんなに綺麗だったのに、酷いね」 誰が荒らしたのかは解らないが、窓が割られ扉は破られていた。 綺麗に磨かれたいた床も泥だらけだ。 「・・・ここから裏庭に出るよ」 半ば壊れた扉を開く。 「あ・・・」 テッドは呻いた。その目に、草で荒れ果てた庭園に咲き誇る白いユリの姿が映ったからだ。 「やあ、これは流石に無事だった」 これ、スノウが世話してたんだ。 ラズロはそのユリの花を無造作に何本か剣で切り束ねる。 「後で、みんなに上げよう」 ラズロはかろうじて無事?と、思われる桶に井戸の水を入れると花を浸した。 「まだ、話す気になれないか?」 穏やかな日差しの中、二人は館の庇の影に座る。 ラズロの口は重い。 「・・・何処から話して良いか解らないんだ」 「思いつくままで良い」 後は俺が勝手に組み建てるから。 「うん、ごめん」 どこから・・・話せば良いかなあ? 「スノウの事なんだけど・・・」 「うん」 やっぱりスノウか。 「僕・・・スノウと・・・」 ?と、テッドがラズロを見ると、彼の目はうつろだ。テッドは、がくりと首を落とす。 「ごめん。言いたくないなら言わなくても良い。俺だって、伊達に150年も生きてないから」 ラズロの言いたい事は理解出来た。 何時からとも何故ともは、ラズロが言う気にならなければ聞けないが。 「あれは・・・最初は騎士団の卒業演習の前の夜の事だった。僕が・・・昼間・・・ちょっと絡まれてたんだ。夜にスノウがそれを・・・僕に諫めに来た・・・時に」 ミイラ取りがミイラになったのかと、テッドは鼻を鳴らす。「ああ、あいつ、お前の事が好きだったんだな。で、取られるのが我慢ならなかったのか。まあ、あいつは元々、お前の事、自分のものと思ってたんだろうからな」 辛辣だと思うが、テッドは口にする。 少しでも毒を吐いていないとやって行けない。 「・・・それは・・・そうかも。元々、彼の小間使いだったし。それから・・・何回か。僕の部屋は厨房の隣だから、食事時以外は人気が無いんだ」 それは好都合な環境だな。 「夜は特に・・・。上に団長や副団長の部屋があるけど、別のドアから出入りされてたし。僕の部屋の前はもう施設に繋がる扉だったし」 何とも好都合な場所に部屋があったものだ。 「元々、物置でね・・・。窓も無かったし」 ああ、そうか。 しかし、腹の立つ男だ。 「うん、スノウは同意だと思ってたんだと思う。それに僕は彼の使用人だったし」 「愛人をやれと言われたわけじゃないだろ」 うん、まあそうだけどね。 「一番最後は、団長が罰の紋章をついで倒れた・・・直後だった。あの時が一番酷かった・・・。彼も混乱してたんだろうと思う。深酒が入ってた事もあったし・・・」 あの時の記憶は殆ど無いみたいだし。 だからと言って、それが許される行為では無いだろう。 「うん、そうなんだけど・・・誰に何を言えば良い? 僕にはそんな人はいなかった。友人にスノウの事を言えば良い?無理に決まってるよ。弁解も許されずに海に流された程の軽さだよ」 思えば、僕の口封じだったのかもしれない。 スノウの未来を思えばの。 「もう、良い。解った」 「うん、スノウの話はこれでお終い」 後は、テッドも知ってる話だよ。 「それは解ったんだが・・・お前がスノウを避けるわけは解った。だが・・・紋章の事は何なんだ?」 ラズロは直ぐには答えずにユリに手を伸ばした。 「綺麗だね」 「あ?ああ」 テッドにはラズロが何を言うのか検討がつかない。スノウを避けるわけは今聞いた。 彼との間にあった一方的な肉体関係も。 「罰の紋章が何故、宿主の命を喰らうか?ってこの間、話してたよね。真の紋章の意思の話」 「ああ、したな」 「僕は答えを見つけた」 え?テッドは目を見開く。 「見つけたって・・・何時」 「つい最近。スノウと出会った頃から」 ラズロは真っ白なユリを手の中で弄んだ。 「・・・ユリって言うのは純潔の証だそうだよ。遠い異国の物語に処女で息子を産んだって言うお話があるんだ。こう、枕元に天使が降りてきて、子どもを授けてくれたってお話が。子どもは神様の子どもだったんだって」 「それが?」 と、口に出してしまってから、テッドはあっと口を押さえた。 脈絡の無い話では無い。 「・・・お前・・・」 「うん、妊娠?って言うのかな?らしい。僕の中に分身がいる事は確かなんだ。ただ、その子には身体は無いけどね」 こう言うと変だけど、スノウの子どもなのかな? 「それとも、紋章の中にいるみんなのかな?」 いや、紋章は紋章だから、やっぱりスノウの子どもかなあ? 呑気な言葉のわりには、言ってる事は深刻そのものだ。 「スノウに会ってから僕の中に別の僕がいる事に気がついたんだ。罰の紋章を使う度にこの存在は大きくなる。きっと・・・僕が死んだ後に・・・この子はこの世界に出て来るよ」 乱暴な結論だけど、紋章は僕を手放したくないんだと思う。 だから、僕の身体を借りて、僕を作ろうとしているみたい。 「これって、親子関係とかどうなるのかな?」 真の紋章の考える事だから、理解出来ないけど。 「解った」 「え?」 「その子は俺が引き受けるよ。それに俺しかいないだろ?その役目は」 真の紋章を持つ俺にしか理解出来ないだろ? 「・・・ごめん」 「いや、利害関係はある。真の紋章の謎を知ると言うな。気にするな。スノウには話さないだろ?あいつだって、これっぽっちもお前に子どもが出来るなんて思って無いだろうしな」 しかし、これ程似合う母親って無いな 似合う? 「許しを司るだよ。正直、スノウの事は俺は腸が煮えそうな気分なんだけど。でも、お前の事・・・俺もスノウみたいに好きだ」 駄目か? 「僕もテッドの事好きだよ」 大好きだよ。 二人が船に戻ったのは、翌日の朝だった。 手一杯のユリを持った彼は、みんなに行方不明を怒られながらも幸せそうに笑っていた。 「ま、休暇も必要さ」 と、彼の軍師は酒妬けの顔で呟いた。 エルイール要塞が崩壊する。 ラズロは紋章が宿る手を上げた。 どんどん膨れあがる紋章の力。 最後の刻が迫っている。 ラズロは、自分が限界の力を使ったら、小舟で流してくれとテッドに伝えてあった。テッドは罰の紋章の嵐の中でも、それを回避出来る唯一の人物だ。 辺りを染める光の後に、ラズロの姿は跡形も無く消えていた。 紋章も誰にも宿る事無く、何処かに去ってしまった。 「そうなんですか。ラズロさんが」 テッドはアルドを唯一の味方にして小さな船を出した。 アルドにだけは、本当の事を話し、世俗に疎い自分の味方に付いてもらったのだ。 アルドはラズロの事が大好きだったから。 波間を漂うラズロの舟は、簡単に見つかった。テッドの紋章の力だ。 真の紋章は引き合う。 それが、こんな場面でも実証されるのはありがたいのかどうか?だが。 テッドは取り敢えずは初めて紋章に感謝した。 ラズロの舟はキラキラと歌うような光に取り巻かれている。 テッドが用心深く舟に降りると、それを待っていたように、ラズロの身体が崩れ灰となり風に消える。 残された場所には、ラズロにそっくりな赤ん坊がいる。 「迎えに来たよ。ラズロ」 テッドさん、気を付けて。 テッドはアルドにラズロを託すと、自分も船に上がった。 「へえ、この子が?」 「ああ、ラズロの子どもだ。ラズロ自身でもあるけどな」 へえ、可愛いなあ。 「あ、紋章がある」 アルドはその手をそっと握って笑う。 「うん、あるよな」 罰の紋章が作った後継者。 「取り敢えずは庵の島にでも。僕はあの島なら良く知ってますし、船に乗ってる間に技術も勉強しましたから」 アルドは自分から出た島に又戻ると言う。 その言葉に少し胸が痛んだが、テッドは頷いた。 「子どもが大きくなるのは早いな」 目の前の少年をみて、テッドはため息をついた。 「しかし、一年で大きくなる必要は無いような・・・気がするんだよな」 少年は肩を竦める。 「親孝行だって言って欲しいんですけど?」 あれから一年で、あっと言う間に元の少年の姿に戻ってしまったラズロだ。 まあ、尋常じゃないその成長に人のいない庵の島で暮らしたのは正解だったが。 ラズロが元の姿に戻って直ぐに、何処からかぎつけたのか、リノがやって来た。 テッドから事情を聞いたリノは、しみじみとため息をついた。 「もう、息子を嫁にやってしまった気分だ」と。 確かに・・・。 心当たりのあるテッドは言い返しはしなかった。 「リノさん、紋章を使っても僕に反動が来なくなったんですよ。不思議ですよね」 ラズロは首を傾げると、紋章を透かすように上げる。 「そっか・・・。なあ、やっぱ、俺の息子を名乗るのは駄目か?」 「厳密に言うと、俺はリノさんの孫だと思います」 何とも惚けた返事だ。 性格までコピー出来るとは知らなかったと、テッドは心の中だけで思う。 取り敢えずは、あの頃の仲間にラズロが無事だったと言う事を知らせよう。 色々あった事は省いて。 「お礼が言いたいんだが、何か欲しいものは無いか?」 リノのその言葉にテッドは首を振る。 「別にいらない。俺はラズロとの約束を果たしただけだ。その約束はもう終わった」 さあ、今日でもう終わりだ。 「ラズロ」 ラズロは頷く。 「うん、又ね。テッド」 「良かったんですか?」 アルドの言葉に、 「又、会えるさ」 と、テッドは紋章を撫でた。 「これがある限りな。でも、一生会えなくても、あいつには、もう沢山のものをもらった。あいつはからっぽだった俺を十分に満たしてくれた」 恋いと言う想いも知った、愛と言う切なさも知った。 「そうですね。僕も想うんですよ。彼はきっとこれから沢山の人を幸福にして行くんだって」 だって、彼は許し司る紋章の持ち主ですから。 「お前も惚れてた?」 テッドの言葉にアルドは頷く。 「ええ、最初会った時から」 「ふうん。俺達、ライバルだったのか」 その言葉にアルドは笑う。 「知らなかったんですか?」 「まあな。・・・ま、あいつとは縁があるんだ、又・・・会える・・・」 閉じてしまった言葉にアルドは背を向けると歩き出す。 「先に帰って食事の用意でもしてますね」 「ソウルイーターは君を受け入れたようだね」 ラズロはゆっくりと息をすると吐き出した。 「ごめんなさい。僕のせいで、テッドは・・・」 「君のせいじゃないさ。テッドがそれを渡したと言う事は君はテッドの信頼に足る人物だったんだよ。そして、紋章が君を選んだ。僕はテッドを誇りに思ってる。だから、君が謝る事なんて無いんだ」 「・・・・・これから、どちらに?」 「何処とも決めてないよ。でも、僕は27の紋章の謎を探る旅をしてる。150年前から」 まだ、全然何も出来てないんだ。 「罰がどうして僕を生かしたか聞いて無い?自分で自分を産んだ話・・・とか」 マクドール家の少年は、あっと思い当たると言う顔になる。 「以前、テッドが・・・天使が卵を産んだお話をしてました。青い目の天使は卵を産んで亡くなったけど、卵からは天使自身が又、産まれたって」 「同じような境遇の友人がいるよ。今でも紋章砲を追って、走り回っているな」 「紋章砲?」 「異世界から来た、五行の力。木の形の異形が実らせる実かな?それとも木の子どもかな?が、五行の力を持っていたんだ。そこから紋章砲と言う兵器が作られた。まあ、今はもうお目にかかる事は無い程少ないんだけどね」 とても強い力を持っている兵器なんだよ。 「でも、異世界から召還した力は、こちらで長く使えば弊害をもたらすんだ」 「例えば?」 「もう本当に少ないから心配しないでね。紋章砲を打つ砲台事態も実は異次元からもたらされた生物なんだ。その生物には蛇眼と言って、異世界とを一時的に繋ぐ道具の役割があった。蛇眼を使える砲台は、人を魚に変える力があったんだ。 まあ、殆どの砲台は蛇眼を封印して輸出してたから、この事件も希だったんだけど・・・」 「?何かあったんですか?」 「うん、まあ、砲弾が無くなってから、クールーク、赤月・・・いや、トランだね。のイスカスと言う男が、赤月を支配する為に手に入れた蛇眼で次々と殺戮を始めたんだ。皇王や皇族を異形に変え、殺戮して行ったんだ。思えば、魚に変えたのはイスカスの嫌がらせだろう。皇族でないと言う見せしめの為だろう」 少年は皇帝の最後を思い出した。あの姿も異形だった。 「そのイスカスと言う男は?」 「死んだよ。自ら異形になって。彼は皇族に一泡吹かせたかったんだろうな。あの男と同じで」 あの男と言ったラズロの顔が微かに変わったので、少年はそれが誰であったか聞く事は出来なかった。 「まあ、全て紋章がもたらしたものだと言う事は正解だ。だから、僕は紋章の謎を追う旅に出たんだ」 レックナートさまのように見守るのも辛い事だけど、僕は歩いて走ってその謎を追いたい。 「この世界の謎。真の紋章の謎を」 「・・・僕も行って良いですか?」 ラズロは少年の手を取った。 「君の傷が癒えてからなら良いよ。時間だけはたっぷりあるしね。若者はせっかちで行けないなあ」 と、年相応ののんびりさでラズロは少年を諫めた。 「僕はちょっとグレッグミンスターに住もうと思ってるんだ。私塾でも開いて。ねえ、良い物件があったら紹介してくれない?」 「私塾?ですか」 「うん、子ども向けも出来るし、大人向けも出来るよ。料理教室も良いし、シンダル文字や古典も教えられるけど。あ、子どもに読み書きを教えるのも好きだよ」 多才・・・ですね。 「長く生きてるからね」 「・・・テッドはそんな事出来なかったですよ」 うん・・・。 「そうだよね。僕は・・・恵まれてたから。僕は最初は孤児だったけど、流刑された身だけど、とても良い仲間に巡り会えた。戦後ものんびりと旅が出来たし。一重にこの紋章のおかげかもしれない・・・」 「紋章の?」 「罰の紋章は、宿主の命を喰らって寄生し、宿主の精気を吸い尽くすと他に触手を伸ばし、又、寄生するんだ。でも今では、僕の命を削らない」 何故だと思う? 悪戯っぽい笑みに少年は顔をそらす。 「え・・・ええと・・・」 「紋章が僕を産んだからだよ」 だから、紋章は僕の命をもう削らない。 「僕から離れたら即座に又、宿主を喰らい暴れるだろうけど」 こんな我が儘な紋章だからね。よっぽどの命知らずにしか狙われないんだよ。 「流石にハルモニアも僕から引っぺがそうと言う気はおきないだろうね」 それを言えば君の紋章もだけど。 「え?僕の紋章も?」 「ソウルイーターは気むずかしいからね。君から引きはがして暴れられたらたまらないだろうね」 円の紋章で押さえられる力では無いだろうし。 「ヒクサクに押さえられるのは、五行の力までだよ。あれらは純粋に力だからね」 そんなわけで、僕は今でも安全なんだ。 「ウィンディがいなくなった今では、君も安全だよ。彼女は亡くなったわけでは無いけど、元皇帝が力をちゃんと押さえてくれている。もう少し時は必要だろうけど」 「ウィンディは生きてるのか!」 ラズロはさあと首を傾げる。 「生きていると言う定義が食べて寝てと言うのに当てはまると言うなら、彼らは死んでるよ。肉体は無いし。彼らの肉体は紋章が喰らってしまったからね」 「そう・・・」 「でも、言っただろ?紋章が人を選ぶって。まだ、門の紋章も覇王の紋章まあ、これは剣に宿っているんだけど。夜の紋章と同じで。彼らには新しい後継がいないんだ。だから、まだ、生きていると言っただけだよ。人としての思考力などないからね。紋章は人のような考え方はしないし」 そうだろうか? その疑問が思いっきり顔に出たのだろう。ラズロが続ける。 「辰星剣が頑固爺に見えるのは、以前の持ち主の性格を真似てるだけだよ。紋章は本来人の生活とは次元が別だよ」 「そうなんですか?」 「人の世で暮らす為に人に合わせてるだけだよ」 さて、話が長くなったね。僕、お腹が空いたから、何処か宿を教えてくれない? 「ああ、じゃあ、我が家にでも」 「良いの?」 「ええ、僕もゆっくりとお話が聞きたいですから」 「じゃあ、お言葉に甘えて」 「グレミオただ今。天使のお客さんだよ」 後ろでラズロがとんでもないとあたふたと慌てる。 「はい、ただ今まいります。坊ちゃん」 |
|
幻水目次へ | 序章〜1へ |