| ヒカルの碁 | いろは番外〜降りしきる夜の帳 |
| 降りしきる夜の帳 パパとおとうさんがいっしょにねてる。 ねぼけたのかなあ? さいもいっしょがよいのになあ。 うん、さいもパパとおとうさんといっしょがいいな。 緒方の家の寝室にはダブルベッドが2つある。一つは緒方が使っている。もう一つはヒカルと犀が使っている。 犀が朝、目を覚ますと、時々、緒方とヒカルが一緒に寝ている。 「パパ、おとうさん。おはよう」 そんな朝はヒカルは大抵、遅くまで寝ている。緒方が起きて、食事の支度をしてくれるのだ。 「犀、ヒカルは疲れてるから、寝かせてあげような」 緒方の言葉に、犀は頷くと、冷蔵庫から牛乳を取りだし、カップに注ぐ。 「ねえ、パパはなんでつかれてるの?」 「そうだな。犀は知らなくて良い事だよ。犀にはまだまだ難しいと思うから」 緒方は苦笑すると犀の頭を撫でる。 わからないなあ?なんで?さいにはむずかしいの? 「大人になったら、犀にも解るよ」 おとなになったら??じゃあ、さいはいま、おとなになるよ。 そういうと、おとうさんはこまったようにわらった。 「今すぐにはなれないよ。まだまだ先だよ」 そう、まだまだ先だよ。 「おとうさんはおとなだから、わかるの?」 「そうだな」 「じゃあ、アキラせんせいも?おとなでしょ?」 「ああ、大人だな。アキラもいつの間にか、人の親だ」 アホばかりしてたがな。 「おとななんだ」 「ねえ、ゆうこおばさま、あのねえ」 犀は緒方とヒカルがたまに一緒に寝ている事や、アキラが大人だと言われた事を話した。 「おとなだから、わかる?ゆうこおばさまも?」 その疑問に、ゆう子はにこやかに笑った。 「ええ、解るわよ」 「じゃあ、なんで、パパとおとうさんはいっしょにねてるの?」 「そうねえ」 ゆう子は微笑むと、困った顔を犀に向けた。 「大人はね、色々あるのよ。人前では誰にも言えない事がね」 それこそ、山のようにあるのよ。 「ふうん、さいもおとなになったら、わかるかしら?」 「ええ、解るわ。ささ、ちょっと来て、着換えて頂戴。今回はフリルたっぷりのワンピースなの。ね、可愛いでしょ?」 はら、良く似合うわあ。 「うわあ、おばさま、ありがとう」 「どういたしまして。これ見せたら、きっと、行も洋も弘もびっくりするわよ」 行(こう)と洋(よう)と弘(ひろ)言うのは、アキラの三人の息子だ。 アキラは父と兄弟子から、一つずつ名前を取って付けたのだ。 名前通りの読み方は、アキラのただのずぼらなのだが、それはアキラしか知らない。アキラの妻のゆう子も、「三人もいるんだから、楽で良いわ〜」と、無邪気に笑っている。 「びっくりするかな?」 「そうよ。うふふ」 だって、犀ちゃんだもんね。 あの事故以来、犀は良く塔矢家に預けられていた。まるで、中の良い兄弟のように過ごしていたので、犀が家に帰ってしまう時は、三人ともが膨れて大変だった。 「さいちゃんはうちにすめばいいんだよ」 洋の言葉に、他の二人が頷く。 ぺしりとすかさず、父の手が頭に落ちる。 「こら、そんな事を言ったら、進藤が可哀想じゃないか」 「じゃあ、しんどうのおじさまもここにすめばいいじゃない」 うむ、難しい問題だな。 「なんで?」 アキラは子供達に人差し指を立て、ちちっと口を鳴らす。 「それはあ、父様が一度、進藤にプロポーズして断られたからだ。一緒に住まないかと言ったら、駄目だと言われた。緒方さんの方が良いそうだ」 「なあんだ、がっかり。父様、かいしょうがないね」 と、言ったのは、一番上の行だ。 「いや、甲斐性がないわけじゃないぞ。進藤の趣味が悪いだけだ」 そうなの? 「そうだ」 だいたい、緒方さんの弟子になる事からして、趣味が悪いじゃないか? 大した、偏見である。 その兄弟子と幼児期を過ごした男の言う事ではない。 「ともかく、犀ちゃんはパパとおとうさんと一緒にいるのが一番良いんだ。世界で一番好きな二人だからな」 じゃあ、2番目は?誰? 「さあねえ」 「何ですと?犀がそんな事を?」 妻から話を聞いたアキラは、目を丸くする。 「むむむ。それは由々しき問題だな」 緒方さんの所に行かないと。 いってらっしゃい〜。あ、貴方、ついでにヒカルさんに、届け物してね。ほら、○○屋の羊羹。ヒカルさんの大好物でしょ? 「おお、僕も大好物だ。進藤とお茶を飲んでくるね〜」 はいはい。解りましたよ。 翌日、犀の部屋に可愛らしいベッドが運び込まれた。 白い可愛い花模様のベッドは、殺風景だった犀の部屋に彩りをもたらした。犀の部屋には、作りつけのクロゼットしかなかったのだ。 「かわいい〜」 上機嫌にベッドの上で跳ねる犀に、 「今日から一人で寝れるかな?」と、緒方が言った。 「うん、ねれるよ」 おふとんもかわいい〜。あ、ゆうこおばさまにもらった、くまちゃんもおかないと。 「そう、気に入ったかい。一人で寝れるんだな」 幾日か一人で眠っていた犀だったが、今日は不意に目が覚めた。 「パパ?おとうさん・・・」 部屋を出て、二人の寝室のドアを開けようとして、犀の手が止まった。 部屋の中から、すすり泣く声が聞こえるのだ。 あれは誰の声だろう? 「ごめんね。師匠」 静まった部屋に、鮮明に響いたのは、ヒカルの声だ。 潰れた声だ。 又、呻き声と泣声が聞こえる。 『パパ・・・どうしたのかな?』 「なの。わやおじさま」 犀は何故か、和谷の前にいる。丁度、用事で出歩いていた和谷と偶然、犀はあったのだ。 「・・・進藤が?・・・」 ぐるぐると視線をまわして、和谷は忙しない。 「ゆうこおばさまは、おとなにはいろいろあるのっていってたけど、パパはどうしたんだろう?おとうさんもなにもいわないの。さい、こないだから、さいのおへやでひとりでねてるの」 パパがしんぱい。 涙ぐんでいる犀に、和谷は折れた。 「おじさんが調べて上げるから、犀ちゃんは安心しな。な!」 「ほんとう?やくそくね」 とは、言ったものの・・・。何か、後ろ暗いと、和谷は頭を抱える。 「大体、あの二人は恋人と言っても過言じゃないのに、今更、聞けるか」 ここは、塔矢から当たるかな? 今も昔も、アキラはヒカルの一番のシンパだ。 和矢の相談を受け、アキラは重々しく頷いた。 「そうなんだよ。僕も心配なんだ。今頃になってだろ?身体に害がないか心配だよ。まあ、犀に影響があるといけないから、寝室は別にさせたけどね」 そりゃあそうだろう。と、和谷は頷く。 「そう、犀は気がついたのか。困ったなあ」 「心配してるぞ。どうする?」 「そりゃあ、大好きなパパとおとうさんの事だから、心配だろうね」 困ったな。 「小学生とは言え、犀も女の子なんだから、そう言う事はきちんとしておいた方が良いと思うぜ。どうよ。塔矢」 「だね。でも、こればかりはどうにもならないよ」 「そうだな」 「恋人関係なんて」「トラウマなんて」 見事にすれ違った言葉で、和谷もアキラも目を点にする。 「?・・・和谷君、君、今、何て言った?」 「お前こそ?」 「僕はトラウマって言ったんだけど?」 途端、和谷の顔から血の気が引いた。 「・・・君、何か勘違いしてないか?」 「・・・してたようです・・・」 いや、ベッドですすり泣いてるなんて言うから・・・。 「あながち間違いでもないけど、論点が違うよ」 ヒカルと緒方が同じベッドで寝ているのは、ヒカルが魘されている時だ。 今でも、時々夢に見るのだ。 普段は意識の下に隠れている苦しい時の事が、夢の中で生々しく再現されるのだ。 「記憶としてはないらしいよ。・・・人は本当に苦しい事は下の方にしまってしまうらしいから」 そんなヒカルの髪を撫で、背を撫で、抱きしめてやるのが緒方だ。 「最近、頻繁だけどね。どうしたんだろうね」 わちゃあ・・・。 俺、凄い誤解じゃんと、和谷が頭を抱える。 「愛撫だけがセックスの範疇に入るなら、当たりだけどね」 そんな和谷にアキラが苦笑を返す。 「でも、犀から引き受けたんだから、君が返事をしてくれよ」 「犀ちゃん、あのね」 和谷は柄にもなく、緊張だ。こんな事は何よりも苦手だ。だから、彼は正直に犀に告げた。 「犀ちゃんのパパはね、泣いてるんだよ」 「うん、でも、なんで?」 和谷がすうっと息を吸った。 「・・・あのね、犀ちゃんがあかちゃんの時に、ママもおじいちゃんもおばあちゃんも事故で死んじゃっただろ?」 「うん、そういったよ。パパとおとうさん」 「パパはその時、君を助けるので精一杯だったんだ。でね、ママもおじいちゃんもおばあちゃんも、誰も助ける事が出来なかった。それが悲しいんだよ」 例え、全てが無くなっても、自分が死んでも、パパはみんなを助けたかっただろうね。 「解る?大切な人だから、助けたい。でも、それが出来なかった。だから、パパは時々、悲しいのが溢れてきちゃうんだよ」 そう、師匠緒方の入院の時もそうだった。 泣いて泣いて、身体を壊すかと思った程だ。アキラの一言が泣ければ、身体を壊していたかもしれない。 「あの人は弟子にかっこ悪い所は見せないよ」 そうさらりと言ったアキラが、和谷にはとてつもなく大きく見えた程だ。 「さいは、パパになにかしてあげられるかな?」 「犀ちゃんの笑顔だけで、十分だよ。犀ちゃんのパパは何時も、何でも、一人で乗り越えて来たよ。パパは強いんだ」 例え、足を失って、指がなく、腕が不自由になっても、何も諦めなかった。 何時も笑って、碁を教えるんだと、前を向いて・・・。 ぽたり。ぽたり。 雫が落ちた。 「わやおじさま、なかないで」 犀が自分にハンカチを差し出しているのを和谷は霞む目で捕らえた。 「パパ、おとうさん」 「何だい?」「何?」 「さいはふたりがだいすきだよ」 その笑顔は、失ったかの人に似ていると、ヒカルは微笑みながら思った。 |
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