ヒカルの碁 いろは番外〜ラストダンス
ラストダンス


「行くのか?」
「うん、行きたいんだ。今度会う時は、きっと・・・」
「きっと?」
「もっと良い男になってるよ」
 そうだな。


 空港の広い通路の向こうから、すらりと背の高い青年が歩いてくる。
 長い髪を後でくくり、背広を着た風采は、遥か昔の日本を思わせる。
 その凛とした瞳。
 その雰囲気。
 まるで、竹のようにしなやかな姿。
 塔矢 アキラである。

「よお、アキラ君」
 その声にアキラが振り向くと、彼の兄弟子であった人の姿が見える。
「緒方さん、どうしたんですか?」
「いや、時間があったからな。まあ、お迎えだよ」
「ありがとうございます」
 丁寧に頭を下げる青年は、もう緒方に追いついている。
「すっかり立派になったな」
 あれから、もう随分とたった。大人の貫禄も出ただろう。
「ありがとうございます」
「そうだな。行こうか」
「ええ」


「進藤!踊ろう!」
 ラストダンスを踊ってくれないか?
「又、男同士で?」
「それも、一興」
「そうだな」
 それが、進藤 ヒカルと踊った最後だった。
 僕は右へ、君は左へ。
 それぞれの道をそれぞれの意思で踏み出した。


「犀は元気ですか?」
 ああ、元気だよ。
「碁を教えてるとか?」聞いてますよ。
 緒方は、さあ?と、首を傾げた。
「でも、岡と打っていて嬉しそうだからな。まだまだ、遊びだ。まあ、蛙の子は蛙だ。才能もあるしな」
「進藤は?教えないんですか?」
「まあな。自分が教えると無理矢理になると思っているらしい」
 進藤らしい。
「のびのびと育ててやりたいからな」
「ええ、そうですね」


 あれは進藤のタイトル祝いだった。
 親しい友人たちとのパーティ。
「最後の曲だ」
「踊ろう」
 大胆なステップは何処で憶えたのか。
「結構、旨いだろ?」
 悪戯に成功した子供の顔だ。
「うん、旨いね」


 それが本当のラストダンス。
 あれから、君とは踊っていない。


「進藤!ただ今」
「ああ、お帰りアキラ!」
 僕が駆け寄る。
 進藤もゆっくりと足を踏み出す。
「誕生日おめでとう。アキラ」
「ありがとう」
「ダンスの練習をしたんだ。ぜひ、今夜は踊ってくれないか?」
 一瞬、アキラの身体が強ばる。
「踊れるの?」
「大丈夫、さあ、お前の奥さんが待ってるぜ」


「塔矢夫人!ラストダンスは是非アキラと踊りたいんだけど」
「ええ、どうぞ」
「大丈夫か?」
 アキラの心配そうな顔に、ヒカルは頷く。
「だって、二人で練習したもんね」
 にこりとアキラの妻が笑う。
「ああ、成程」
「お上手ですよ」


「ほら、ステップも踏めるだろ?」
「本当だ」
「失っても、取り戻せるよ」
「そうだね」

 君は何時も強いから。
 ラストダンスをもう一度。
 その為に、僕の元に来てくれたんだね。
「明日は韓国に発つよ。留守の間、よろしくな」
「ああ、行っておいで」
「・・・誕生日おめでとう」
「ありがとう」


 君と道を分かった時から、解っていたよ。
 僕達は離れては近づく、ダンスに似てると。
 だから、最後のダンスは、君と踊りたい。

 だから、最後の対局は君と。
 これだけは変えられないラストダンス。
いろは物語目次 過ぎ去りし日々