ヒカルの碁 いろは〜ちょっと待て!
ちょっと待て!

  緒方の携帯が鳴る。
 もちろん緒方は、着メロなどは馬鹿らしいと言う輩なので普通の音だ。
「おう、進藤、何だ?」
「あのね、師匠、今日、芹沢先生に飲み会に誘われちゃったんだ。でも、師匠と約束あるでしょ。どうしたら良いかな?」
 ああ、芹沢さんか・・・。
「行けば良いだろ?」
「でも、師匠と約束あるし・・・」
 それは今、許可しただろ?
 緒方はヒカルの言いよどむ言葉に、ぴんと来た。
「お前、俺に付いてきて欲しいのか?」
「あ、師匠、忙しいでしょ・・・」
 ばあか。最初からそう言えよ。
「何処に行けば良い?」
「え?」
「何処だ?」
「・・・ええと・・・」
 ヒカルから場所を聞き出し、緒方は携帯を切る。
「可愛いじゃねえか」
 飲みに一緒に行って欲しいなんてな。

 それが、誤解であった事を緒方は数時間後に知る。

「あ、緒方さん」
 芹沢が顔をあげて緒方を手招きする。
「こんばんわ。芹沢さん。俺の弟子がお世話になってます」
 師匠である緒方が頭を下げたので、ヒカルも慌てて頭を下げる。
「酒の席なのに、堅苦しい挨拶は抜きですよ。緒方さん」
 芹沢は頭を掻くと、緒方の為に用意した席を示したのだが、緒方は丁寧に断ってヒカルの隣に座る。
「俺が横に座ると、気を使うでしょ?俺に気を使わないのは、こいつとアキラ君と芦原だけですよ」
「ええ〜俺は気を使ってるよ」
 ヒカルがぶうたれるが、緒方はすましたものだ。
「人の家に来て、ガーガー眠れる奴が何を言う」
「だって、師匠といると疲れるんだもん。師匠、容赦がないし・・・。俺が、やだって言ってもしつこいし」
「ああ?お前だって、喜んでるくせに。人のせいにするんじゃない」
 いつもの軽口のつもりだったのだが、異様な視線を感じて緒方が顔を向けると、全員(一名を除く)の顔が引き吊っている。
「・・・仲、宜しいんですね。緒方さん」
 上擦った芹沢の声だ。
「仲なんか良くないですよ。こいつは五月蠅い奴ですからね。なかなか、終わらないんですよ」
「そんなの師匠もでしょ?俺がどんなに眠いからって言っても、駄目だの一点ばりなんだから」
 二人のさらなる会話を聞いて、周りは唖然としている。
 芹沢も緒方の変貌ぶりに目を向いている。
「まあまあ、今日は碁を打つわけじゃないんだから」
 この言葉は今まで黙って成り行きを楽しんでいた、アキラから出た言葉だ。
 何だって?碁?
「そうなんですよ。この二人、検討をし出すと止まらないんですよ。師匠と弟子と言うより友達ですね」
 くすくすと綺麗な顔から笑いが漏れる。
 その場の物は一斉に安堵の溜息を吐いた。
 しかし、安堵出来ないのが約一名。
 緒方だ。
『な、何でそんな顔をするんだ、みんな』
 緒方は先程の会話を反芻してみる・・・
『・・・そう言えば、何処にも碁なんて言う言葉を使ってなかった・・・』って、
 お前等全員、俺を犯罪者だと思ってたな?!
 びきりと緒方の顔がひび割れる。
 芹沢の手前、愛想笑いをしようと思っても、口の端が引き吊っている。
「ああ!師匠!零した」
 ヒカルの声で我に帰ると、コップからビールが溢れている。
 ヒカルが入れていたらしい。
 慌てて、おしぼりで拭いたヒカルだが、緒方の顔を見て固まってしまった。
「師匠、ごめんなさい」
 どうやら誤解しているらしいのだが、それを解く気も緒方にはなかった。
 プリン頭は悪くない。プリン頭は悪くないんだ・・・。
 それでも・・・。
『お前等、俺を何だと思ってやがる』
と、言う視線でねめつける。
「緒方さんは目つきが悪いですが、今日は益々悪いですね」
 しれと、アキラが零す。
 盤外戦とは思えないが、どうやら彼も機嫌が悪いらしい。
「はは、アキラ君。20年近い付き合いの人間にも容赦ないんだな」
 当たり障りのない言葉で、緒方はアキラの真意を探る。
「ええ、最近、やっぱり言った物勝ちだなあと思います」
「それは?」
 何なのだろう?俺は何か言ったか?
「約束は早い者勝ちなんですよね。良いなあ、夜中の検討。徹夜囲碁」
 うっとりとしたアキラ君??・・・
『て、こいつ飲んでるじゃないか!未成年のくせに!』
 頬が薄っすらと赤いのは、酔ってるのか?!
「おい、アキラ君、飲んでるのか?」

「嫌ですねえ。僕は未成年ですよ。これっぽっちも飲んでませんよ。これは、ジュースです!!」

 おい、その倍角の言葉は何だ?おい、本当に酔ってないのか?
 緒方は不信げにヒカルを眺めた。
 ヒカルは肩を竦め、上目使いに緒方を見上げる。
 
「ごめんね。師匠。アキラは酔うと絡みになるんだ。俺も知らなかったんだけど、前回知った」
 だって、未成年でしょ?飲んだ事なかったもん。
「どれだけ飲んでも変わらないんだけどね。あんな感じで日頃の不満をぶちまけるんだ」
 このプリン頭!
「師匠も知らなかったの?」
 知るわけないだろ?!
 アキラ君は俺と酒なんか飲まないんだから。
「ごめんね。師匠。アキラねえ、俺と師匠の検討に来たいんだよ。でも、遠慮してたんだよ」
 緒方は天を仰ぎたくなる。
 又、こいつにはめられたのか?俺は?!

「アキラ君、今晩は暇だから検討会をするか?もちろん進藤もいるが」
 利くか?この言葉。
 アキラの顔がにへらと緩む。
「本当ですか!」
「ああ、好きな時に来て良いから」
「わあ、ありがとうございます」
 アキラは今や上機嫌だ。
 殺伐とした空気が一掃された事で、周りもほっと溜息を漏らす。
 ヒカルはヒカルでにこりと緒方を見上げて、最終兵器を惜しげもなく周りに振る舞っている。
 はあ、このプリン頭には・・・
『やっぱり碁石以外詰まってねえな』

「ねえ、師匠。俺、今晩寝れるかなあ・・・」
「体力が続く限り、起きろ。アキラ君が潰れるまで」
「さあ、帰りましょうか?」
 アキラは上機嫌で鞄を取り上げた。
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