ヒカルの碁 いろは〜過ぎ去りし日々
過ぎ去りし日々

 あ〜。早かったなあ。
 あっと言う間の月日だった。

 緒方はマンションの窓から空を眺める。
「犀ももう幼稚園だよ」
 緒方は幼稚園では通称「おとうさん」で通っている。事情は話してあるので、妙な誤解を受ける事はないのだが。
「・・・まあ、誤解でも良いがな」
 今更、お母さん方にもてたいとは思わない。

「おとうさんだ!」
 犀の声が響く。一目散に駈け寄る少女は、父親にそっくりだ。
「おう、犀。お帰り」
「あ、ただいま。パパはまだかえらないの?」
「ああ、韓国からは今日の夜の便で帰って来るよ。夕食は家で食べるからな」
 やった!パパかえってくるんだ〜。
 無邪気な言葉に、緒方の顔が緩む。
 実は最初、犀は緒方の事を「せそう」(ししょう)と呼んでいた。しかし、師匠と言うのはおかしいと、ヒカルが呼び方を考えたのだ。
「師匠、おとうさんで良い?」
 ぶっ!
 緒方はその時、飲んでいたビールを吐出した。
「はあ、おとうさん?!」
「だって、おじいさんじゃあんまりでしょ?中を取って、おとうさん」
「精次さんとかあるだろ?緒方さんとか?」
 何故、おとうさんなんだ。
 こいつの思考には何時も驚かされる。やはり・・・碁石しか詰まってないんだな?
「いや、精次さんだと、犀を嫁にやったみたいだもん。緒方さんじゃあ、言いにくいし。第一、俺に馴染みがないし」
 相変わらず、プリンな頭だ。
「駄目?」
 そして、相変わらず、悩殺スマイルだ。
「・・・まあ、良い。犀が言い安いなら」
 その日から、緒方は「おとうさん」になった。独身で結婚もした事はないし、子供を持った事もなかったが、おとうさんになってしまった。
 しかし、なって見るとなかなかだなあとたまに緒方は思う。
 それは犀が、「おとうさん」と駈け寄ってくる時に感じる思いだ。


「犀ちゃんは、おとうさんとパパが大好きなんですよ」
 幼稚園の先生は、犀の絵を緒方に見せる。
 そこには、ぱぱ おとうさん とクレヨンで描いた似顔絵が描いてある。
「おかあさんは描けないんですよね。だから、何時でも、おとうさんとパパなんですよ」
「ええ、母親の顔は全く知りませんので」
 あの頃片手で抱けた赤ん坊は今や、駆け回る少女だ。

「おとうさん〜」
 犀が緒方の胸に飛び込む。
 ひょいと抱き上げると、嬉しそうな声が耳元でした。
「帰るか」
「うん、おとうさん」
いろは物語目次 先生(師匠)→ん