| ヒカルの碁 | いろは〜未完の対局 |
| 未完の対局 ある日、塔矢 行洋はぽつりと呟いた。 「もう一度、saiと対局したい」 それは、桑原の四十九日が終わった日だった。 かつて、行洋は何を待っているのかと聞かれた事がある。 「もう一度、対局したい人がいる。その時までの力を蓄える為」と、返した。 確かにそうだ。 行洋は再び相まみえる時を待っているのだ。だが、それが再びな可能性は皆無だろう。 進藤 ヒカルはsaiと行洋の仲立ちをしてくれたが、その後、saiについては何も言わなくなった。 行洋自身も何も聞かない。と、言うより聞けないのだ。 かつて、対局にあたりかなり無礼な事を言った。 それは顔が見えない不信感から出た言葉だったが、顔を見せなくても、心酔させる碁を打つ者はいるのだ。 自分は傲慢だった。同時にネットでしか打つ事が出来ないsaiに魂から焦がれたのだ。 再び打ちたいと。 「ああ、もう一度、この世でsaiと対局したいな」 空は小春日和を告げる光に溢れていた。 「塔矢先生が?そんな事を?」 父の言葉を後からこっそり?と聞いていたアキラが、ヒカルに告げたのだ。 「君はsaiの知り合いなんだろ?」 それは紛れもない事実だ。アキラは緒方から聞いて知っている。 ヒカルはそれに苦笑すると、両手を軽くあげた。 「まったく、塔矢は聞きにくい事でもさらっと聞くよな。でも、知っていたとしてどうする?」 「父との再戦を勧めてくれ」 再びさらりと言われた言葉に、ヒカルも最早返す言葉がない。 ここでどう返事をすれば、アキラは納得するのだろう?saiは死んだと言えば良いのか? 「・・・あの・・・」 「saiは何処にいるんだ?緒方さんは知ってるのか?」 「師匠が知るわけないだろ?」 そうだろうなとは、アキラも思ってはいるのだが、念の為に言ってみたまでだ。 「もう、会えないのか?」 さて、どう答えたものか・・・。 ヒカルとしても、アキラには言えない事だ。アキラはヒカルの中に佐為を見つけた最初の人物だ。 「君の中にもうsaiは残ってないのか?」 「・・・どうだろう?いるとは思う。だが、sai自身ではないから・・・」 曖昧な答えだ。アキラを納得させる話ではないだろう。 だが、アキラは頷いた。 「なら、しょうがないな」 思わず、ヒカルが聞き返す。 「それで良いのか?」 「良いも悪いも。おとうさんはsaiと対局したいんだよ。saiでないといけないんだ。君の中にいないなら、しょうがないじゃない」 「塔矢は俺の中にsaiがいると思ってるの?」 アキラがため息をつく。 「だって、それを確かめたのは僕だし。信じないわけにはいかないよ」 「後悔しないか?」 「後悔するなら、最初から締め上げて吐かせてるよ」 物騒な言葉だが、アキラの顔は嬉しそうに笑っていた。 「おはようございます。おとうさん、珍しいですね」 何時も早起きの行洋が、珍しく寝坊した。 「ああ、おはよう」 「何か良い事でもあったんですか?」 めざとくアキラが聞いてくる。寝坊したのに、随分と嬉しそうに見えるのだ。 「はは、隠し事は出来ないな」 実はな。 昨日、夢にsaiが出てきたんだ。 そこで、一局打った。 『そろそろ朝日が出る頃です。この続きは又会った時に』 『うむ、残念ですが、しょうがないですな』 「じゃあ、未完なんですね」 「ああ、だが、何時かきっと打てると、私は思ってるよ」 「と、言うわけだよ」 「うん、そうか・・・。もしかしたら・・・」 「もしかしたら?」 「それは桑原のじいちゃんが、塔矢先生にくれた贈り物かもしれないと思ったんだよ」 ヒカルは指で鼻を啜ると、青空を見上げた。アキラも眺める。 「うん、そうかもしれないね」 |
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