ヒカルの碁 いろは〜二時間まってたよ
二時間待ってたよ

 緒方が弟子を取ったと言う噂は、あっと言う間に広まった。
 あの緒方が弟子を取ったのも驚く事だが、みんなが一番驚いた事は、その一番弟子が、
 進藤 ヒカルだと言う事だ。


 塔矢 アキラと進藤 ヒカルは若手の双璧と謳われ、その実力も皆が認めるものだ。
 その進藤 ヒカルが緒方の元に弟子入りをしたのだ。
 おもしろい!と、誰もが興味深々だ。
「緒方さん、お弟子さんはどうですか?」
「緒方先生の可愛いお弟子さんにあげて下さい」
 事ある事に呼び止められて、菓子や伝言を頼まれたりする。
『これじゃ、どっちが師匠か解らんぜ』
 何で、俺が使いっぱなんだ?
 だが、ムキになって怒るのも大人げない。
 人の噂も七十五日。その内、誰も見向きもしなくなる。
 緒方的には冷静に考えた結果だが、その当ては見事に外れた。
 緒方は延々と自分の弟子の用事で呼び止められる事となるのだ。それこそ、一生の間。


 さて、そんなこんなの緒方の生活だったが、ヒカルとの仲は大したトラブルも起きていなかった。
 大したではなく小さなトラブルはあったのだが。
 ヒカルは弟子になる時に、森下の許可は取ったのだが、親には一言も話していなかった。

 ヒカルが家で食事中に、
「俺ね、緒方先生の一番弟子になったんだ」
「何で黙っていたの!ヒカル!」
 と、言うわけで、慌てて両親がやって来たのだ。
 すっかり恐縮する両親を前にして、緒方も恐縮する。
 平然とジュースを飲んでいたのは、ヒカルだけだった。

 あの時は、驚いた。緒方は振り返る。
「弟子と言っても、そんなに大した物ではないんです。ヒカル君はもうプロですし、私が教えると言うより、私と対等に対局する相手と思って頂ければ」
「そうそう。先生と俺は互戦で打ってるんだよ」
 黙れ、プリン頭。
 緒方は怒鳴りたかったが、ここは師匠の威厳を見せない両親が心配する。
「まあ、そう言うわけなんで。子弟と言うより友達と思って頂ければ」
 ヒカルの両親は、はあと頷いていたが、ヒカルの父親は、
「ヒカル、迷惑かけるなよ」
と、だけ釘を刺した。

 確かにヒカルは手のかからない弟子だった。
 と、言うのは、緒方とヒカルは二人の時は碁しか打たないからだ。
 碁だけの会話は緒方にとって何より楽しい。
 勝手だが、ヒカルが弟子で良かったと思う瞬間だ。


「今日は、時計台の下で待ってろ。飯を奢ってやる」
 緒方の言葉で、ヒカルは時計台の下にいる。
『何を奢ってくれるのかな?』
 ヒカルはわくわくだ。


「緒方先生、実は・・・」
 その頃、緒方はやっかいな用事で呼び止められていた。緒方としてはヒカルを待たせている手前、断りたかったが、そうもいかない用事だった。
 ようやく終わり、時計を見れば、既に二時間がたっている。
 玄関まで出て、再び唖然とした。
「雨か」
 まあ、進藤も馬鹿ではあるまい。ちゃんと何処かで雨宿りしているか、もしくは傘を買うなりしているだろう。
 そんな事を考えていた緒方だが、時計台の下にいる人物を見て、唖然とする。
「あ、先生だ。遅いよ。二時間も待ったよ」
 時計台の下にいたのは、二色頭の濡れネズミだった。
「・・・お前馬鹿か?」
 緒方はヒカルに傘を差し掛ける。
「何で、軒のある所にいなかった?傘を買わなかった?」
 ヒカルは緒方を見上げる。
「だって、その間に師匠が来て、俺がいないって怒らないかと思って。俺、丈夫だから、少々雨に濡れても平気だし」
 呆れた呆れた。このプリン!!
 緒方はぐいとヒカルの手首を握ると、近くのスーパーに飛び込んだ。
 トイレの前にヒカルを置くとダッシュで、衣料品売場を目指す。
「アホだアホだと思っていたが、これ程アホとは思わなかった」
 目についたトレーナーと下着を買い込むと、又、ダッシュでヒカルの元を目指す。
「ほれ、着替えろ!そんなかっこじゃ、車にも乗れないぞ」
 そこで、ヒカルはようやく気がついたらしい。
「・・・あ。ほんとだ。ねえ、師匠、ご飯おあずけ?」
 ぷちん。
 緒方の堪忍袋の切れる音だ。
「だあほ!さっさと着替えろ!!飯ならお前の好きな物何でも奢ってやる!!」
 へへ、どんなもんだ。耳元で、怒鳴ってやったぜ。
 ヒカルは目を白黒させているが、慌ててトイレに駆け込んだ。
『二時間か』
 緒方の脳裏に古い歌が蘇る。
「二時間待ってたと・・・か」
 俺を待ってたのか?雨の中だぜ?
「あいつは正真正銘のアホだな」
 はあ。緒方の深い溜息だ。
「師匠、着替えたよ〜」
 緒方はヒカルの髪に触れる。
「まだ、濡れてるぜ」
「ん、さっきTシャツで拭いたから。で、何を奢ってくれるの?」
 ヒカルは嬉しそうに緒方の服を引っ張る。
「おい、お前、携帯持ってないのか?」
「え?携帯?うん、持ってない」
「じゃあ、先に携帯を作りに行くぞ。又、雨の中で待たれちゃ適わん。風邪でも引いたら、俺の管理能力を疑われる」
「え〜。俺、風邪なんか引かないよ〜。それに、携帯って面倒くさいよお」
 ぶうたれるヒカルに、緒方はじろりと睨みを利かす。
「師匠命令だ。俺に連絡する為に作れ!じゃないと、今日は奢らんぞ」
 へいへい。師匠の命令ですね。
「了解!」


 アホだアホだと思っていたが、本当にアホだ。
 雨の中で黙って待っているなんて。俺に会っても怒りもしない。
 プリン頭には色々詰まっているんだな。
 目の前で、がつがつと中華料理を頬張るプリン頭は、まだ少し、濡れている。
「おい、お前もプロなんだから、健康には気をつけろよ」
「うん、師匠も煙草減らさないとね」
 プリン頭・・・には・・・。

 やっぱ、こいつはプリンだ!!頭に碁石しか詰まってないんだ!!
いろは物語目次 話し合いってなんだよお〜→星が散る