ヒカルの碁 いろは〜雪の降る町を
雪の降る町を

 ヒカルがスキーをした事がないと言うので、緒方は「冬になったら行くか」と、約束した。

 そろそろ必需品を買っておくかと言う事で、ヒカルと緒方はスポーツショップにやって来たのだが。

「いる物って何?」
 ヒカルの質問に緒方は紙を差し出す。
「これ、一式だ。だが、まあ、貸しスキーもあるし、靴も貸してくれる。ウェアーはいるな。雪山は急に天気が変わる事もあるから、しっかりとした服が必要だ。後は、ブーツだな。出来たら、寒冷地用のがあれば良いんだが」
 あるかな?

「ここにありますよ」
 その声は紛れもなく、緒方の弟弟子のアキラだ。
「・・・なんでいる」
「水くさいじゃないですか、僕も連れて行って下さいよ」
 雪と言ったら、ほらあれじゃないですか。
「雪見・・・」
 ごん。
 アキラの頭に拳骨が落ちた。
「あほ抜かせ。俺たちはスキーに行くんだ」
「失敬、言い間違えました。雪と言ったら、温泉です」
 温泉と言ったら・・・。
「ああ?泊まる所なんぞ用意してないぞ。日帰りのつもりなんだからな」
 確かに、スキーに行くとは言ったが、近郊ですませるつもりだった。
「大丈夫です。白川先生が取ってくれました。大人数でも大丈夫な所を」
 はあ〜?!
 白川があ?スキー?
 あの白川が・・・絶対何かある。
「温泉も湧くんですよ。進藤、どうだい?」
「ええ!そうなの?良いなあ〜。ねえ、師匠」
 行くよね?
 にこやかな笑顔はもうその気だ。スキーだけでも嬉しいのに、温泉もつくのだ。
『まだ、子供なんだからしょうがないか』
 渋々ながらも緒方も頷く事になった。
 最後の旅行(仕事以外)が修学旅行だったと聞かされているので、緒方もついつい考えてしまったのだ。

 甘い・・・。

 甘かったか?

 緒方はメンバーを見て、そう思った。



 スキー旅行参加のメンバーは、塔矢門下では、芦原とアキラ。森下門下では、和谷と冴木、白川。そして、友人の伊角だった。
「8人とは多くないか?」
 緒方の質問に、白川は胸を張る。
「大丈夫、ちゃんと8人でも泊まれますよ」
 さあさあ行きましょう。結構、遠いんですから。と、白川は上機嫌だ。

 電車を乗り継ぎ、乗り継ぎ、白川が案内してくれた所は、とある町だ。
 静かな駅には誰もいない。無人駅ではないのだが、人がいないのだ。
「到着時間を言ってありますから、そろそろ迎えが来ますよ」
 だたっぴろい待合い室で、白川はのんびりと缶コーヒーなどを啜っている。
「おい、白川、本当に温泉でスキーが出来るんだろうな?」
「ええ、出来ますよ。ちゃんとね」
 胡散臭い。緒方はその笑顔の裏を思う。
「・・・まあ、良い。迎えも来たみたいだしな」
旅館の名前が書かれたバスが、ロータリーに滑り込むと、みんなはほっとした顔で乗り込んだ。
 白川の手前、黙っていたが、寒い駅で待つのはかなわないと思っていたのだ。



「おい、白川、これ、何だ?」
 旅館の看板にでかでかと書かれた文字を読んで、緒方の顔が引きつっている。
 そこには、

 ○○敬老会 緒方先生と碁を囲む会

と、でかでかと書かれている。

「白川、何で、俺の名前があるんだ?」
「やだなあ。お仕事ですよ。あ、この敬老会は私が担当してる囲碁の会なんです。ちゃんと棋院に許可も取ってありますし、みなさんがスキーをする時間もありますよ」
 にこにこ。あくまでにこにこ顔である。
「・・・俺は休みでここに来たはずだが・・・」
「良かったですね。イベントと重なったから旅館も取れましたよ」
 さあさあ、入りましょう。
「あれ?知らなかったんですか?」
 アキラである。
「僕は知ってましたよ。良いですねえ。温泉にスキーに囲碁。最高です。そして、雪見酒、最高ですねえ」
 脱力が激しい緒方は、アキラに言い返す気力もなかった。

「師匠、良いじゃない。ね、スキーも出来るらしいし」
 ヒカルの慰めに諦めて浮上した緒方だが、暫くすると又、後頭部を叩かれるハメに陥った。



 つつがなく終わったと思ったイベントだった。
 囲碁好きなじいちゃんばあちゃんと色々な話をしたのは、なかなかに有意義だったと思っていたのだが・・・。


「じじい・・・何でいる?」
 今、緒方の目の前にいるのは、桑原だ。
「はて、誰かと勘違いではありませんか?おお、そうだ。わしの兄が桑原本因坊じゃったがな」
 そんな事を言われても、どう見ても目の前の男は桑原だ。
「一局、お相手願えんかな?緒方先生。早碁で結構じゃから」
 先生もお時間がないでしょうに。
「・・・良いでしょう」
 お願いします。
 ぱちりと石を置く。
『・・・この打ち筋、どう見ても爺じゃないか。又、俺をからかっているんだな』
 やれやれだ。
 休暇で来たのに、桑原じじいの相手とは。

「負けました」
 ぺこりと桑原が挨拶をする。
「ありがとうございました」
 緒方も頭を下げた。
 さて?どうしたものか・・・と、緒方がつらつらと考えていると、後から声が飛んだ。
「あ、桑原のじいちゃんだあ」
「おお、進藤か。風呂か?」
「うん、今から。入るんだ」
「そうか、なら一緒に行こう。背中を流してくれ」
「OK」
 嬉しそうに肩を並べて歩いて行く後姿に、緒方は思いっきり怒鳴り、中指を立てた。


「やっぱりじじいじゃねいか!!」
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