ヒカルの碁 いろは〜ふざけるな
ふざけるな

 ふざけるな!は名言だ。

 それは、アキラがヒカルに言った言葉だ。
 しかし、現在では、それは、緒方の日常茶飯になっている。

 何故、そうなってしまったのかは、緒方にも謎である。が、原因はおそらく、緒方のたった一人の一番弟子の進藤 ヒカルのせいだろう。
 と、言って、この一番弟子はなかなか優秀ではある。(碁の力だけと言う注釈がつくが)
 何と、齢二十歳前で、相当な実力の持ち主だ。
 ただし、どうも、天然惚けだ。
 その天然惚けプリン頭のライバル。
 緒方の永年の付き合いの青年は、どう言うわけか、180度性格が変わったようだ。あんなに、生真面目だったのに、今では、緒方に怒鳴られない日は無いほどだ。

 歳月、人を変える。

 さて、そんな賑やかな緒方の日々に、降って湧いたような事が起こった。

「はあ、俺が見合いですか?」

 緒方に見合い話が舞い込んだのだ。
 まあ、以前にも其の手の話は降る程あったが、緒方自身は乗り気ではないし、どう考えても緒方の嫁になどなれる人はいないだろうからだ。
 緒方の恋人なる人は、何時でもキャリアウーマンだ。この当たり、自分でもマザコンだと思っている。
 あっさりとした、綺麗な女性。
 それが緒方の好みだ。
 そんな緒方のただ一人の弟子は、顔と才能で言えば、緒方の好みだが、それを補って余る程の天然な記念物だ。何せ、女性が苦手な上に、野郎のアイドルのような存在だからだ。
 まあ、ここではそれは置いておこう。


「そうなんだ。どうだい?」
 緒方の顔が曇る。どうって言われても、どうなんだろう?
「はあ、どうなんでしょう?」
 気の抜けた返事にも、相手は動じない。
「会って見るだけでもどうだい?可愛いと言うより、綺麗な人なんだがな、ほら写真だ」
 渡された写真は、なかなかの美人だった。
 お見合い写真と言うものではなく、ラフなスナップ写真と言うのも、気に入った。
 つい、見惚れてしまってから、はっと気がつくと、既に、時間と場所を言い渡されてしまった。

「不覚」
 一瞬の油断は命取り。棋士の癖にうかつな緒方だ。

 しかし、相手は世話になっている人物だ。行かないわけには行くまい。
「しかし、何故、今更見合い?」
 緒方は首を傾げるばかりだった。
 確かに、二冠なのに、所帯がないのは珍しいだろう。だが、勝負師と結婚なんて、気質には荷が重すぎると思う。
 と、言うのが緒方の意見だ。
 だから、今まで、どんな見合いでも断ってきた。師匠、行洋も何も言わなかった。
「何か、あるのか?」
 最近、トラブル故、懐疑的になっている緒方だ。


 見合いの日は、抜けるような青空だった。
 とある、ホテルのラウンジ喫茶を指定されて、緒方はそこに赴く。
「つはあ、良い天気だな。こんな日は、進藤とだらだらとドライブでもしたいよな」
 そう思いついてしまう程、緒方は一番弟子に傾いていた。
 そう、最近、恋人なる存在もいないのだ。
 理由は、ごくごく単純で、ヒカルといるのが面白いからだ。何だか、見ててもしゃべっていても、碁をしていても、飽きないのだ。
 ペットを飼う感覚のようだ。
 かなり毛色の変わったペットだが。
「お待たせしました」
 ぺこりとお辞儀をした相手を見て、緒方は度肝を抜かれた。

『似てる』
と、言うより、そっくりである。
 誰に似ているかと言うと、緒方の弟子の進藤 ヒカルである。
 スナップ写真では気がつかなかったが、間近でみると、髪の毛以外は、ヒカルとそっくりだ。
 固まった緒方に、相手が首を傾げる。
 今日は、緒方のたっての願いで、誰も付いて来てない。緒方も同様だ。
「どうされました?」
「あ、いえ、知り合いに似ていたので」
「そうですか」
 口説きに文句としては、常套句なそれを口にしてしまった。
『・・・ああ、なんて不味い話だ』
と、内心頭を抱える緒方だ。


「ほう、お仕事は、小説家ですか」
「ええ、若い方向けの小説なんですが」
 色々聞くと、どうも気質ではない。小説を書く事が気質でないとは、偏った考えかもしれないが、こちらも才能の世界だ。その点では同類だと言うのが、緒方の考えだ。
「才能があるんですね」
「さあ?どうでしょう。まあ、お好きな方は買ってくれますが」
「そうですね。本はジャンルが多い」
「ええ、そうですね」
 にこりと笑った顔は、本当にヒカルにそっくりだ。
 緒方は暫し、見とれてしまう。もし、進藤が女だったら、こんな感じなのかと。
『何か、良いかもな・・・』
 そんな風に舞い上がっていた緒方だが、良い事は続かない物だ。
 そう、それは・・・。


「あれ?あそこにいるの緒方さんだよ」
 ん?ヒカルもそっと覗き込む。
「あれ、師匠だ。デート?女の人と一緒だあ」
 この場にアキラとヒカルが揃っているのは、神様の悪戯だと言うしかない。
「あ、そうだ。僕、伝言があったんだ。緒方さんに、おとうさんから」
 ちょっと行って来る。

 背後から緒方の肩を叩く気配がする。
「?」
 振り返ると、おかっぱ頭が笑っている。
「おとうさん、緒方さんから伝言ですよ。明日の研究会の棋譜を用意しててくださいって」
 頼みましたよ。
 軽やかに去っていくアキラだ。
「・・・おとうさん?お子さんですか?」
「はあ、そうです」
 師匠の子供です。
 その瞬間、緒方の顔が引きつる。
 アキラの言い間違いに気がついたのだ。
 今、今・・・おとうさんって・・・あのガキは言ったか?
「そうだったんですか。可愛い人ですね」
 ラウンジの片隅で、アキラは緒方に手をふっている。隣のヒカルは振り向いた女性を見て、一瞬、唖然としている。
 そして、緒方の見合いは終わりを告げた。
 既婚者だと言う、疑惑を残して・・・。



 その日の進藤家の電話。

「緋名子さんが、今日の見合い相手だったんだ」
「あれが、ヒカルのお師匠さんだったとはね」
「あ〜、いい加減、ネタに詰まったら見合いするの止めたら?」
「〆切近いのよ。悪魔に魂でも売るわ」
 ほぼ一年ぶりに会った従姉妹、緋名子とヒカルの会話だ。
「そうだ、今度、あの黒髪おかっぱの青年も紹介してね。ヒカルのお師匠さんも面白かったけど、あの子はもっと面白そうだもんね」


「ふざけるな!」とは、緒方の怒声。
 しかし、それが届く事はないだろう。
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