| ヒカルの碁 | いろは〜結婚 |
| 結婚 大きなチョコレートの塊を前に、緒方は思案顔だ。 何を誤解したか、一番弟子は大量のチョコレートをくれた。しかも、コンビニの駄菓子である。 はあ〜。と、その前で緒方は大きなため息をつく。 「何を考えているのやらだな」 あのプリン頭は。 師匠の名誉挽回だなどと、ありがた迷惑な事をほざきやがって。 「・・・師匠か・・・」 緒方は最近、その意味を考えるようになった。自分は進藤の師匠ではないと思う。 師匠と言うのはもっと、もっと、厳しく尊敬出来、かつ、何時か超えると闘志を燃やす存在ではないか? 「師匠か・・・」 そう、自分はヒカルの師匠ではありえない。 だったら、何なのだろう? 「でも、師匠なんだろうな」 例えそれが、ヒカルの本当の師匠を隠す、隠れ蓑でも。 緒方は進藤 ヒカルの師匠だ。 「感覚的には、年の離れた兄か?」 一人っ子のヒカルは、かつての師匠を兄のように慕っていたのかもしれない。 「あいつの師匠・・・」 本当のあいつの師匠は、saiなんだろう。 ネットの最強棋士の名を冠した、sai。その素性は謎のままだ。 だが、緒方はもうそれを詮索したくなかった。 ヒカルが師匠と仰ぐのは、今では、自分だけだ。 それに答えよう。 例え、それが、誰かの穴埋めだとしても、それは人として許される事だ。 人は自分をそうやって癒して行くものだろう。 「しかし、チョコで癒されるわけもないんだがな。俺としては」 はて、これをどうした物かな・・・? つらつらとそんな事を考えて、眠った緒方は、夢を見た。 懐かしい夢だと思うが、悲しくもあった。 「はい、バレンタインよ」 明子から、チョコレートが渡される。これは、門下生全員にくれる、明子のサービスだ。 「おがたさん、僕からも」 小さな手が、緒方の手に添えられる。 小さな、マーブルチョコの筒が緒方に握らされた。 「ありがとう。アキラ君」 「どういたしまして」 お互いにペコリと頭を下げる。 「これは、お父様に渡してね」 明子が大きめのチョコを緒方に手渡した。少々高級な店名のリボンがかかっている。 「親父にですか?」 「ええ、貴方ももう一人暮らしですけど、顔くらい見に行けば?」 明子さん・・・。 「あ、でも」 「ほら、大切な人にバレンタインは送る物なんでしょ?貴方の産まれ故郷では?」 「・・・そうですね」 ありがとうございます。 「明子さん?」 目が覚めて周りを見渡しても、その優しい笑顔はない。 「夢か・・・」 あの時の夢か。 「久々に親父に会いに行くか。チビどもの顔も拝みに行くとするか」 丁度良いじゃないか。あの大量の駄菓子は。 緒方は勢いよくベッドから出ると、伸びをした。 「あら、精次君。こんにちわ」 チャイムを鳴らすと直ぐに、義母が笑顔で迎えてくれる。 「突然、すいません。実は大量のお菓子を貰った物で。チビたちにどうかと思って」 「あら、みんな喜ぶわあ。さあ、どうぞ」 ほらほら。 俺が棋士として独り立ちした年に、親父は再婚した。 新しい母は、美人ではないが、良い人だ。俺には姉と弟が出来た。だが、俺は殆ど、家には寄りつかなかった。 早々に独立し、師匠の元で殆どを暮らすようになり、新しい家族には馴染まなかった。 馴染まないと言うのは、適切な言葉ではない。 俺は新しい家族を作らなかったが正解だ。 今更、新しい家族もないだろう。親父は親父だ。俺は俺だ。 棋士として勝負の世界に生きる内に、自然とそう言う、独立した感覚が芽生えてしまったのだ。 俺は、この家族と一緒に住んだ事はない。 家族としてなら、明子さんやアキラ君の方がまだ、親密な関係だ。アキラ君は俺を兄と慕ってくれた。明子さんは、大きな息子か弟として接してくれた。 師匠は・・・俺に碁を教えてくれた。 決して、俺は親父を恨んでいるわけではない。 親父は良い父だ。そして、今は良い祖父だ。 「お、精次。元気か?」 手ずから、珈琲を入れて、俺の元に親父が運んでくれる。 「ああ、元気だよ。親父も元気そうだな。チビどもは?」 俺がチビと呼んでいるのは、姉の子供だ。この家の隣は、姉の家だ。そこに、小学生の子供が二人いる。 「ああ、今日は児童会とかだよ」 「そうか、俺の弟子が、菓子を大量にくれてね。俺は甘い物嫌いだから、持って来たんだ。駄菓子ばかりだけど、良いよな」 大きな紙袋一杯の菓子を俺は指し示す。 「すまんな。喜ぶよ。どうだい、最近は」 「ああ、まあ、棋戦の事は知ってると思うけど、もうすぐ、もう一つ取れるよ」 三冠になるな。 「そうか。頑張ってるな」 「弟子が頑張ってるもんでね。俺も頑張らないと、示しがつかない」 見ただろ?北斗杯の結果。あれ、俺の弟子だよ。 「ほう、そうなのか?塔矢先生のアキラ君も出てたな」 「一番最初の時と、同じメンバーだったんだ。なかなか見物だったぜ」 「そうか」 親父はいつも、あまり多くを語らない。だが、俺の身辺は良く知っている。 「精次君、ご飯食べて行ってね。そうだ、今日はすき焼きにしましょうね。賑やかにね」 「ええ、ありがとうございます」 その夕、俺は久々に、父と義母、俺の義姉と甥姪、義兄と食卓を囲った。 「精次おじさん、ありがとう。進藤おにいさんにもありがとう」 「おお、伝えておくよ。喜ぶぞ」 |
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