ヒカルの碁 いろは〜間・・・またんかい
間・・・またんかい

 大惚けをかましたヒカルを軽く受け流した緒方が加わり、野郎会は続く。

「じゃあ、緒方さんが女性からもらった物はなんですか?」
 白川の質問に、緒方は灰皿をたぐり寄せる。

 間

 緒方は煙草に火を付けて吸い込んだ。

 間

 緒方は灰を落とした。

 間

 緒方は天井を眺めた。

 その間、一同は何も言わず、ただ黙って緒方の顔を眺めていた。

「ない」
 そして、たった一言で、切り捨てた。
「俺は女に物をもらった事がない」
 白川がにこりと突っ込みを入れる。
「貢ぐ方なんですか?」

 間

 白川の笑顔。だが、今はそれは時限爆弾の方だ。

「・・・違う」
「彼女がいないんですか?」
「・・・違う」
「いないんですね」
 むっつりと緒方の顔が、険しくなって来る。反対に白川の顔はにこにこ度を増している。
「女に物などもらえるか」
「それは男女差別と言う物ですよ」
「お前はもらえそうだな。指導碁のおばさん連中とか、子供に」
「ええ、もらってますよ。いやあ、本当に皆さん、気を使っていただいて」

 その場の者は、冷たいのに何故か、赤々と燃える火花が見えた。

「まあまあ、白川先生はもてるんですね」
 あまりな雰囲気見越して、門脇が割って入る。
「ええ、そうなんです」
「まあ、おばさんか子供だがな」
 噛みついた会話に、門脇もげんなりだ。元はと言えば、噛みついたのは白川なのだが、とうの本人はおもしろがっているのだから、始末に負えない。

 静かなる実力者・・・。は、本当に静かだ。不気味な程に。

「あ、何だ、緒方さん、そんなにチョコレートが欲しかったの?」
 何処からの声だと思うと、部屋の隅でご機嫌の囲碁界の貴公子だ。もっとも、皆には奇行子に見えるが。
「あ〜何だい?塔矢、それは」
「だって、バレンタインのチョコの数でしょ?白川先生は凄くもらってたけど、緒方さん、何にももらわなかったじゃない?」
 確かに緒方はもらわなかった。それは何ももらえなかったのではなくて、甘い物があまり好きではないからだ。
 その事を知っている人達は、チョコではなくハンカチや靴下をくれた。
「俺は甘い物が好きじゃない」
「私もそんなに好きじゃないですけどね」
 白川はどうやら、かなり退屈しているらしい。その標的が緒方と言うわけだ。
 緒方にとっては良い迷惑な話だ。
 だが、長い間の腐れ縁は、この状況を正確に緒方に解らせていた。

『まったく、白川の野郎・・・俺で遊ぶなんて。ちっ』

「ええ〜!師匠、チョコ欲しかったんだ!ごめんなさい」
 突然あがった声は、緒方の愛弟子?のヒカルである。
「ごめんなさい。俺が全部食べちゃったからだよね」
 緒方はもらったチョコは全てヒカルにやった。所詮、義理チョコなのだから、誰が食べても同じだ。
 そう思っての事だった。
 そんなわけで、緒方はアキラや芦原には何も貰ってないと言っていたのだ。

 この年でチョコを貰う貰わないもないだろうと、言う訳だ。

「皆、師匠は沢山貰ったんだけど、全部俺にくれたんだよ。だから、貰ったんだ」
 ヒカルの必死の言い訳に、和谷や冴木は涙した。
『進藤、お前、良いヤツだなあ』
 あの白川さんに、挑戦するとは。
 そんな白川は、
「ああ、そうなんですか。しかし、義理だからってくれたんでしょ?」
「それはそうだけど・・・。」
 しゅんと項垂れた後、ヒカルは突然、部屋を飛び出した。

「おい、どこに行くんだ進藤!」
 緒方の声に、
「師匠〜!待っててねえ〜」
 と、ドップラー効果を残しながら、ヒカルは小さくなった。


「何処行ったんでしょうね」
 白川の声に、緒方ははて?と首を傾げる。
 緒方と白川の陰険会話は日常茶飯事なのだが、どうも、周りに及ぶ影響が大だ。
「心配ないだろ。あいつの事だから」
 それより、と、緒方は顎をしゃくる。
「あそこに、何か、妙な奴がいるが・・・あれはなんだ?」
と、如何にもにがにがしげだ。
「貴方の弟弟子ですよ」
「・・・芦原、逃げるな」
 こっそりと逃げだそうとしていた芦原に、緒方の声が飛ぶ。
「責任取れよ」

「ああ、緒方さん。そう言えば、おかあさんがバレンタインチョコあげたでしょ?良かったですねえ、一つは貰えて。あれね、僕の分もあるんですよ。ええ、一つだけじゃあ、寂しいでしょ?本当に、甲斐性がないんだから」
 ゆらりと緒方の背中が揺れた。
「・・・芦原・・・。そこの生ゴミを今すぐ、家に届けろ。でないと、お前の命はないものと思え。徹夜指導碁だ」
 指導碁・・・。
 芦原には地獄でも、アキラにはご馳走だ。
「やった!万歳。指導碁だあ〜」
 芦原さん、やったね。僕もねえ。
 ねえねえねえ。
「ああ、五月蠅い。解ったから、今度な」

 うふふ、徹夜碁だあ〜。うふふ・・・
 ぐらり。
 ぐぐぐ〜。ぐがあ〜。
「・・・寝たか。ち、五月蠅い男だ。芦原、後始末宜しくな。俺は嫌だぞ」

 俺も嫌です。是非お持ち帰りください。とは、この家の主の言葉だ。


 ばたばたばた。
 がちゃ!
「お待たせ!師匠。これ、あげる」
 コンビニの袋を両手に抱えた息の荒いヒカルが、緒方の前でそれをひっくり返す。
 中身は全てチョコレートだ。
「・・・ちょっと待て」
 緒方の前に積まれたチョコレートに、白川はにこにこと微笑む。
「愛されてますねえ」
「だって、俺、師匠大好きだもん」


 ああ、お似合いの子弟ですねえ。
 白川の呑気な言葉に、他の意味で頷く面々であった。
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