ヒカルの碁 いろは〜話し合いってなんだよお〜
話合いってなんだよお〜

「おい、進藤」
 ヒカルは棋院で倉田に呼び止められた。倉田は何だか不機嫌そうだ。
「何?倉田さん」
「何だじゃない。お前、緒方さんの弟子になったんだって?」
 そうだけど、何で倉田さんは不機嫌なんだろう?ヒカルの内心に疑問が飛ぶ。
「ああ、そうだよ」
「ずるい。緒方さん。進藤は俺が貰おうと思ってたのに」
 はあ?倉田さんが俺を弟子に?何で〜?
「ねえ、何で倉田さん」
「だって、お前は俺との方が縁があるじゃないか。北斗杯と言い、碁盤の事と言い。そうだろ?何で、俺の所に来なかった。俺だって、もうすぐタイトルホルダーだぜ」
 そう言われれば、縁は確かにあるのだが、
「それを言えば、俺を院生に推薦してくれたのは緒方先生だよ。倉田さんと出会う前だ」
 緒方との縁はもっと前からだが。
「それでも、俺が北斗杯の団長で、お前を成長させたんだぜ」
「・・・倉田さん、弟子欲しいの?じゃあ、俺でなくても良いじゃない」
「弟子なんかいらないぜ。お前を弟子に欲しかったの」
 ヒカルは首を傾げる。
 倉田の言う事はどうも良く解らない。
「何で?」
「だって、お前が弟子だったら、楽しそうじゃないか」
 ああ、それか。
 ヒカルは溜息をつく。
「俺は倉田さんのおもちゃじゃないよ。俺はこれでも考えて・・・」
 突然、がしりとヒカルの頭が捕まれる。
「倉田、これが欲しけりゃ、のし付けてやるぞ」
 ヒカルの頭を掴んだのは、緒方だ。
「痛いよ。師匠。俺はやだからね!俺の師匠は緒方さんだけだからね。他は絶対嫌だからね」
 緒方は掴んだ頭を外すと、ヒカルの頭を撫でた。
「すまんな。進藤。お前が俺以外でも良いのかと思ったんだが、決心は固いようだな」
「当たり前だよ」
 そのやり取りを倉田は、羨ましそうに見ている。
「良いなあ〜。子弟って。俺も欲しいなあ〜」
「何だ、倉田さんは、弟子ごっこがしたかったの?」
 ヒカルの言葉に、倉田はうむ〜と顎を捻る。
「弟子ごっこも良いな。師匠とか呼んでもらえるんだもんな」
 それに緒方は冷ややかな返事を返す。
「倉田、これは弟子ごっこじゃねえぜ。俺は進藤を弟子に取った限り、責任は持つつもりだ。例え、このプリン頭が頭抱えたくなるような馬鹿でもな」
 師匠の特権は?進藤。
「師匠を敬う事です」
「良く出来たな。ま、そう言う事だ、倉田。お前も欲しけりゃ、もっと手間のかからない、素直な奴を選んだ方が良い。押しかけ弟子なんてごめんだ。しかも、こいつは弟子のくせに俺を負かしやがった」
「はあ?それ何だ?」
「ああ、こいつは俺と賭け碁をしたんだ。互戦でな。で、俺に勝ったら、望みを叶えてくれとか言うんだ」
「それが弟子か」
 倉田は呆れた顔で、ヒカルを見ると、途端に大爆笑だ。
「ぶはは!ああ、おかしい」
 やっぱりお前、弟子に欲しいよ。
 倉田の言葉に、ヒカルは口を尖らせる。
「やだね。俺は絶対、緒方先生が良いの」
「おう、破門されたら、俺のとこに来いよ」
 倉田は背を向けると、大爆笑のまま去って行った。
「破門か。良いこと言うじゃねえか」
「そう言うのを契約不履行とか言うんじゃないの?師匠」
 ヒカルのむっとしたもの言いに、緒方は苦笑する。
「そうとも言うな。ま、お前が弟子でも俺は困らないからな」
 いなくても困らないがな。


「緒方君」
 呼び止めたのは森下だ。
「少し、時間あるか?」
「え?ええ。ありますよ」
 森下は緒方の師匠の同期で、大先輩だ。時間を割いてくれと言われて断るのはまずい。
「そっか、じゃ、まあもう夕方だ。一杯行かないか?」
 緒方は頷いた。


「押しかけ弟子はどうだい?」
 ジョッキの泡を吹きながら、森下は豪快に笑う。
「はあ、まあ」
 何とも曖昧な返事だが、返す言葉がないのだ。
 緒方はヒカルを弟子にした時に、聞いてみた。
「森下さんの許可はあるのか?」と。
 ヒカルは胸を張ると、
「俺だって、そこまで恩知らずじゃないぜ。ちゃんと森下先生の許可は取ってあるよ。俺にとっても森下先生は師匠に近いんだから」
 当たり前だぜ。

「あいつが、誰かの弟子になりたいって言った時、耳を疑ったぜ」
「はあ」
 緒方は変わらずに抜けた返事をしている。
「俺の弟子になりたいって言われて正直焦ったがな」
「はあ」
「俺には和谷がいるからな。流石に同期のライバルを門下に置く気にはなれなかったぜ。俺はどうしても和谷を贔屓にしちまうからな。ま、進藤はそんな事を気にする男じゃねえけどな」
 和谷?最後の弟子とか進藤は言ってたな。
「じゃあ、白川にって言い寄っていたがな、白川は白川で、自分より力量のある相手を弟子には抵抗があったらしいな。それに、白川は進藤とは友達が良いんだと」
 白川にも断られたって言ってたな。
「そしたらな、緒方先生の弟子になっても良いか?って俺に聞くんだ」
 何で、そこで俺が出てくるんだ?
「・・・お前さん、弟子を取れ取れと後援会から言われてたじゃねいか?二冠になったから、弟子も育ててみては如何ですかって」
 確かに、それは言われている。だが、弟子なんて面倒くさいだけの代物だ。
 右も左も解らない奴に俺の貴重な時間を割くのは嫌だ。
「もしかして、森下さんの推薦なんですか?進藤は」
 森下はにかりと笑い、無精髭の顎を撫でる。
「いや、それは進藤の選択だぜ」
 森下は緒方の性格上、飲み込みの悪い者は務まらないだろうと思っていた。
 進藤は碁のセンスだけは抜群だ。それ以外は、少々危うい所もあるが、常識の範囲を超える事はない。
 実は緒方を推薦したのは、森下だ。
 二冠に若手のホープが弟子入りもおもしろいと踏んだ為だ。
『行洋も進藤なら反対するまい』


「なあ、進藤。緒方君の弟子にならないか?」
 ヒカルとしても心当たりは緒方くらいしかないので、森下の言葉は渡りに舟だった。
「実はな、緒方君は後援会から弟子を取れと言われているらしいんだ。だが、あの性格だからな、普通の弟子じゃ、恐れをなして夜逃げして来る」
 ヒカルはげらげらと笑う。
「そりゃそうだ。あの目で睨まれたら」
「で、今更、一から院生クラスの奴を教えるのも嫌だろうしな。どうだ?」
「そうだね。うん。決めた」
 緒方先生の一番弟子だ。
「でも、本人、納得しないぜ。弟子なんかいらんと門前払いだぜ」
 ヒカルは森下に笑う。何だか、良くない笑みだ。
「そこの所は色々考えます」
「何だったら、行洋に口をきくが」
「いらないよ。森下先生。俺で何とかするから」

 で、何とかなったのだ。
「どうだい?なかなか良い弟子だろ?」
「お心ありがとうございます」
 森下の気使いはありがたかったが、
『俺の知らないところで話ができあがっていたのか』
 には、脱力だ。
 進藤を弟子に取ってから、この手の脱力が増えた。
「まあ、お前さんもあいつと打てるし、あいつもお前さんと打てる。行洋も安泰だし、目出度し目出度しだな」
 まあ、それはそうだが、緒方の心の片隅のもやもやは消えそうにない。
「あ、そうだ。緒方君。師匠の許可をくれよ。俺の研究会には寄越してくれ、進藤を」
「はい・・・」
 緒方は一応、森下には感謝で頭を下げた。
 だが、
『あの糞ガキ・・・負けた』
 プリン頭には結構、色々な事がつまっているらしい。碁石だけかと思っていたのだが。


「そう言えば、俺って、塔矢先生の孫弟子になるんだね。むむ、じゃあ、塔矢は俺の何になるの?」
 アキラの碁会所で、ヒカルはアキラに尋ねる。
「そう言えばそうかな?緒方さんの弟子だものね」
「そうだよな」
「でも、僕達はライバルだろ?それ以外はいらないよ」
 アキラの言葉に、ヒカルも頷く。
「そうだよな」
 ぱちん。
 碁石の音がした。


『おい、進藤。吐け。今回の事は誰と誰と誰の話合いで決まったんだ?!』
 行洋も一枚噛んでるような気がする緒方であった。
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