ヒカルの碁 いろは〜犬も歩けば
犬も歩けば(ゐ)

 緒方 精次二冠は素敵な弟弟子と、弟子を持っている。

 名前は塔矢 アキラと進藤 ヒカルと言う。
 若手の双璧と言われる、秀才&天才コンビだ。

 しかし、それは世間さまのご意見で、緒方にとっては、ペットより手がかかる代物だ。 緒方のペット・・・熱帯魚はそれはそれは、緒方の心を和ませてくれる。
 例え、それが、一切しゃべらない相手でもだ。


 先日、緒方とアキラの衝撃のキスシーンが、緒方の弟子の友人に出回った。
 生憎と緒方の一番弟子は、それはそれは、友人が多い。
 おかげで、同僚の殆どが、問題の写真を見てしまった。
 その反応は色々で、
「あら、可愛い〜」「そうか、それで、緒方君の性格が伝染したのか?」
「まあまあ、良いわね。若い子のキス」「え〜。緒方先生、変態〜」
 と、まあ、色々だ。
 それを間接的に聞く緒方は、針の筵だ。
 アキラの視線が痛いのだ。アキラはあれから、とても不機嫌だ。
 不機嫌なら、ヒカルに当たれば良いものだが、何故か緒方に当たる。

「何で、俺がアキラの不機嫌をかぶるんだ?!」

 男心は複雑だ。いや、この場合、複雑なのは誰だろう?
 アキラか?緒方か?・・・ヒカルではない事は確かだ。


「なあ、塔矢。あれ、そんなに嫌だったのか?」
 たまりかねたヒカルはアキラに聞いてみた。
「そんなわけないよ。あの時、僕は二歳だよ」
「じゃあ、何で?」
「お礼」
 良い物もらったからね。
「白スーツ?」心あたりはそれしかない。
「そう、白スーツ。丁度、ネタが出来て良かったよ。まあ、あれは箪笥の肥やしなんだけど」
 ふう〜んと、ヒカルが返事だけ返す。
 他に何も言いようがないのだ。
 アキラのえぐい傷となった白スーツは今だ、健在なのだ。
「そうだ、塔矢の母さん、緒方先生の昔の写真も見せてくれたんだ」


「ほら、進藤君。どう?緒方さんの昔の写真よ。ね、可愛いでしょ?」
 その写真は、どうやらアキラの運動会らしい。
「この時、あの人、棋戦の真っ最中でね、参観出来ないって言うの。アキラさんが、悲しそうな顔したのを見てね、緒方さんが来てくれたのよ」
 どうやら、緒方は一位を貰ったらしい。緒方の腕にアキラが張り付いている。
「これ、借り物競走なの」
「借り物競走?で、何を借りたの?」
 明子はくすすと笑う。
「何だと思う?」
「ん?塔矢なのかな?でも、何で塔矢なのか解らないです」
 明子は笑顔のまま頷く。
「そうね。解らないわよね。あのね・・・」
 明子の返事にヒカルは頷いた。
「成程」

「なあ、塔矢。緒方さんが兄弟子で良かったよな」
 アキラは肩を竦める。
「まあね。本当の兄のようだしね。緒方さんと僕はある意味ライバルだから」
「兄弟のライバル?」
「そう。父は滅多に人を褒めないけど、一番多く褒めたのも緒方さんだよ」
「だろうなあ」
 ヒカルはアキラの肩に手を置くと、ぽんと叩く。
「で、羨ましかったわけだ」
「そうだよ。僕は碁でなんて、滅多に褒めて貰えなかったもの。緒方さんが心底羨ましかったよ」
 へえ、と、ヒカルは少し感心した。
 アキラにも一応、嫉妬の感情もあったのだ。緒方か父親、どちらに対しての嫉妬か解らないが。
「で、そんな時、どうしたんだ?」
「どうもしないよ。緒方さんに背中からおぶさっただけだよ。結構、重くなってたから、緒方さんも大変だったみたいだけど」

 子泣き爺・・・なんだ〜

 ぶわはは〜ぶぶ〜。
 ヒカルの笑いは長い間止まなかった。
「そうだ、俺、塔矢の運動会の借り物競走の写真をみたよ」
「ああ、あれ」
「そう、一位なんだよな。緒方先生」
「無理矢理なこじつけだけどね。でも、まあ、そんな感じだったよね。緒方さんと僕は」
 借り物競争のお題は、「弟」だった。兄弟のいる家庭の弟を連れて行くのだ。
 緒方はこの紙を持った途端、「アキラ君!」と、大声で叫んだ。アキラが返事をすると、そのまま横抱きに抱えてゴールまで走ったのだ。
 そして、「弟弟子です」と、叫んだ。アキラもすかさず、「兄弟子です」と言った。
 審判のイキな計らいで、緒方が優勝した。
 アキラを抱き上げた緒方は、周囲にはとても仲の良い兄弟に見えた。
「うん、まあ、仲は良かったんだ。昔はね」
 緒方が昇段して、どんどん手合いに出るようになってからは、アキラにはどんどん遠い存在になって行った。今から考えると、自分の事で手一杯で、弟弟子など振り返る余裕がなかったのだろう。
 まあ、そんな感傷も今のアキラにはいらない物だが。
 今なら、緒方とほぼ同じ位置にいるのだから。遠い存在ではない。
「緒方先生、良い人だもんな」
「趣味は悪いけどね」
 緒方が大きなくしゃみをしたか不明だ。


 ここで、脱線。
 ヒカルのライバルの塔矢 アキラのお話。

 塔矢 アキラ
 元五冠 塔矢 行洋の一人息子で、現在五段の棋士だ。
 あだ名は、囲碁界の貴公子 囲碁のサラブレッド 囲碁界のプリンス などなど、王子さま的な物ばかりなのだが、身内では、うわばみアキラで通っている。
 緒方がその碁の執念深さで、蛇で通っているのだが、同じ蛇でも塔矢の場合は、酒飲みの蛇だ。それは飲んでも飲んでも殆ど酔わない為だ。
 いや、酔ってはいるのだ。酔うと、彼は饒舌になって、朝まで検討なんかやってしまうお茶目さんに変身する。
 しかし、未成年の為に緒方に酒を止められ、泣く泣く禁酒している身だ。(本当に禁酒しているか否かは謎。理由は、塔矢邸に梅酒の瓶がごろごろ置いてある為)
 そんなアキラだが、最近、料理に凝っている。
「男も料理くらい作れないとね」
と、豪語する彼の料理は、どう見ても酒のつまみに見えるが。
 まあ、とにかく、アキラの趣味に料理が加わったらしい。
 塔矢 アキラは無趣味だった。碁だけが趣味で職業と言う、誠にお粗末な生活だった彼が、最初に始めたのが言葉だった。
 韓国語と中国語を習いに行ったのが、塔矢アキラの趣味生活の第一歩だったのだ。
 実用向けの物を趣味にするのは、アキラらしいのだが、彼の場合どう考えても、それに良からぬ事が付随している。

 語学・・・相手の喧嘩言葉を理解する為
 料理・・・酒のつまみを作る為

 塔矢 アキラは一件物腰優雅な、王子様に見えるが、内面は喧嘩好きのはったり野郎だ。
 いや、はったり野郎ではない。ちゃんと実力がある。
 その実力の根底の力がかなり変わっている。
 頂点を極める為には、一に努力、二に努力、三四も努力で、五に俺様。
 そう、彼は努力の末に裏付けされる自分の力が快感なのだ。
 マゾかサドか良く解らない性格である。
 いや、最終目標が俺様なのだから、アキラはサドなのだろう。ナルシストとも言える。
 目の前に、障害物があれば蹴り倒して歩く野郎なのだ。ただ、蹴ってつまずいた物だけは大切に拾って行くと言う、人から見たら、かなり偏った感覚の持ち主なのだ。
 そんなアキラなので、困難に突き当たっても、めげる事がない。
 それどころか、着々と次ぎの手(嫌がらせ)を用意するのだ。だから、標的となった人間は不幸だ。
 うわばみアキラには、貪欲に何でも飲み込むと言う意味も込められている。

 アキラも歩けば、困難に当たる。

 ただ、彼の場合、困難はアキラの力の源だ。困難に遭う程、燃えて来るのだから、真性のばくち打ちである。
 きっと、宮仕えは無理だろう。
 そんなアキラなのだが、障害で一番の困難を数年がかりで乗り切ったので、今は順風満帆だ。
 その困難は、進藤 ヒカル。
 ただ今、緒方の一番弟子。このヒカルにコテンパに叩かれた過去がアキラには人生最大の困難として、身体に沈んでいる。それ以外は、困難とは思わない程だ。
 しかし、そんなヒカルは「二十歳すぎればただの人」と、言う程、いきなりただの人に戻ってしまった。
 失望したした、あの人は神が下さったライバルではないのですか?って具合だったのにだ。
 そんな彼が数年で、自分の所まで駆け上がって来た時は、
「ああ、やっぱり、蹴躓いた石は大切なんだ」
 これ、アキラの教訓である。
 アキラも歩けば、ヒカルに当たる
 だた、一つ、アキラの誤算だったのは、緒方の弟子にヒカルがなった事だった。
「でも、まあ、たっぷりと楽しませていただきましょう」
 先は長いのだ。
 お楽しみはこれからである。
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