ヒカルの碁 いろは〜うさぎとかめ
 うさぎとかめ

 うさぎとかめの童話は有名な話だ。
 俺がそれをアキラ君に読んでやったのは、何時の頃だったろう。
 アキラ君は読み終わった俺に、真顔で言ったものだ。
「かめさんはずるくないですか?」
 確かに亀はずるいのかもしれない。
「でもね、真剣勝負の時に寝ていて、さぼるうさぎは悪くないかい?」
 アキラ君は暫く考えていたが、頷いた。
「あいてがどんなにゆうしゅうでも、てぬきはだめなんですね」
 ま、そうだね。
「多少は手を抜いてもいいのかもしれない。これだけ違うんだから。でも、全面的に手を抜いたら、痛い失敗をくらうんだよ」
 これがアキラ君の教訓になるとは、俺もその時は思ってもみなかった。

 塔矢 アキラは手抜きをしない男に育った。
 そして、どこからかちゃっかりとストレス発散の方法も身につけてきた。
 強かと言う言葉以外に、褒め言葉はない。
 あの頃は可愛かったのになあ・・・おやじ・・・か俺も。


 俺のアルバムを見ながら、一番弟子は嬌声をあげている。
「うわあ。ココ何処?」
「あ?ああ、デトロイトだ。親父がそこで働いてた」
「へえ、緒方先生、アメリカに住んでたんだ」
「俺はアメリカ生まれだ。一応、ハーフだ」
 ぎょえ〜と、ヒカルが声をあげる。
「そ、それ本当?」
「嘘をついても仕方ないだろ?俺は13の時に日本に帰って来た。両親が離婚したから、親父とだがな」
 それにヒカルが眉を寄せる。
「あ、何しけた面してやがる。向こうじゃ、離婚は日常茶飯事だぜ。お前が気を使う事なんかないんだぜ」
 うん、とヒカルが頷いている。そのまま又、ページをめくる。
 途端に、さっきの嬌声以上の声が上がる。

「うわあ〜。これ何?」

 俺がひょいと覗くと、そこには俺とアキラ君が写っていた。
 赤ん坊のアキラ君を俺がおぶっているのだ。確か、近所の人がとってくれたものだ。
 アキラ君を撮った物なのだが、おまけで俺が写っている。
「何って、アキラ君だ」
「いや、何で、緒方先生がおぶってるの?」
「そりゃあ、俺がアキラ君の子守だったからだ。よく、おんぶしたぞ」
 進藤は思いっきり他のページをめくっている。
「・・・無い・・・」
「そりゃあ、無いだろ?俺のアルバムだからなあ。それだけだ。アキラ君が写っているのは」
 如何にも残念だと顔に書いてある。
 暫し思案していたようだが、急に浮上してきた。
「ああ、そっか。塔矢に借りれば良いんだ。うふふ・・・。緒方先生と塔矢、楽しみだなあ。どんなのがあるのかなあ」
 俺は、何を馬鹿馬鹿しい事を言っているのかと思っていたのだが、取り敢えずは放っておいた。それが後々・・・。
 うさぎとかめの教訓は、大切だ。
 油断しすぎると痛い目に合う。


 さて、それから数日後の事。
 俺はとんでもない物をみてしまった。
「あ、緒方先生だ」
 棋院で呼び止めたのは進藤だ。その手にはミニアルバムが握られている。
「塔矢のおかあさんが貸してくれたんだ」
 何?明子さんが?
「えへへ。可愛いアキラと緒方先生が写ってるよ〜」
 ほらねと、何枚かめくって見せる。
 そこには懐かしいアキラと俺が写っている。これは誰が撮ったんだろう?
 明子さんかな?
「塔矢のおかあさん、みんなにも見せて良いって言ったから、さっき何人かで見た所なんだ」
 そうか、アキラ君は可愛かったからなあ。
「俺にも見せてくれないか?」
「うん、どうぞ」
 進藤から貰ったミニアルバムに俺はとんでもない物を見つける。

『んぎゃあー!』

 上がる悲鳴をかろうじて飲み込む。
 そこには・・・
「可愛いよねえ。塔矢って」
「・・・ああ、そうだな」
 背後に不穏な空気を感じる。振り向かなくても解る。
 アキラ君だ。

 ミニアルバムの最後のページには、俺とアキラ君のキスシーンが写っていた。

 アキラ2歳。緒方君と。行洋撮影。

『師匠!明子さん。あんまりです』

 うさぎとかめはアキラ君の教訓だ。
 でも・・・これくらいは手抜き・・・して欲しかった・・・。
 押しかけ弟子の声が聞こえる。
「緒方先生・・・大丈夫?」
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