ヒカルの碁 いろは〜ろばのみみ
ろばのみみ

「ねえ、師匠」
 ヒカルはくるりと緒方の方を振り向く。
 ここは、緒方のマンションだ。
 きっぱりはっきり言って、ここには誰も入れた事がないのだ。弟弟子で、行洋の息子のアキラもここには来た事がない。
 だが、弟子ともなるとそうは行かないと言うわけだ。
「師匠の秘密がみたいなあ」
 ああ?何が秘密だ?なんだ、そのキラキラした目は。
「俺に秘密なんかないぞ」
 緒方はサイドボードを開けて、カップを取り出しながら、ヒカルを睨む。
「だいたい、師匠の秘密を探るなど、言語同断だ。師匠には礼節を持って接しろ」
 緒方の言葉で、ヒカルは居住まいを正すが、正しただけだった。
「で、秘密の白いスーツは何着あるの?」
 がちゃんと、カップの音がする。
 かろうじて割れてないな。まあ、これは安物のカップだから。
『マイセンでなくて良かった』
 せこい考えだが、緒方はヒカルの家事能力をまったく信じていない。
 割られる前に、釘をさしておくぞ。
「あのな、進藤。そこのサイドボードの中身は触るなよ。中身は高級食器だからな。バカラのグラスやマイセンが入ってるんだからな」
「了解、師匠。で、ばからって何?」
 ・・・バカラを知らんのか?いかん、ここで言っては親父ギャグだ。
「メーカーの名前だ。無印良品のもっと高級な物だ」
「あ、解った」
 ヒカルは素直に頷く。
「ガラス石となちぐろの違いだね」
 緒方は顔を引きつらせる。
 人が簡単に答えてやれば・・・揚げ足取りか?
「そうだ。だから、触るな」
「了解。で、白のスーツは何着あるの?」
 まだ、言うかこのガキ。
 緒方は脱力を隠せなかった。取り敢えず、この弟子の好奇心を満足させてやらないと、先には進めない。
「俺の寝室にクロゼットがある。そこ行って、数えろ」
 指さされた寝室に、ヒカルは勇んで滑り込むと、クロゼットを開けた。
「ひいふうみい・・・六着だー!」
 ねえ、先生、六着なの?
 戻って来たヒカルは、犬のように目を輝かせている。
「夏用三着。後は、春夏用だ。暖房が効いてるから、その方が暑くないんだ」
 そら、茶が入ったから飲め。
 ぐいぐいとヒカルの目の前に、カップを突きつける。
「へへ、みんなで賭けをしたんだ。師匠の服が幾つあるかって」
 ヒカルにはまったく悪気はない。が、緒方は腹が立つのか情けないのか、理解に苦しむ感情を持てあましていた。
「で、賭けに勝った奴はいるのか?」
「うん、塔矢。流石、兄弟子の事を良く見てるなあ」
 何ですと?アキラ君?
 緒方の中のメーターは、ぷちっと振り切れてしまった。どうでも良くなったのだ。
「賭け品は何だ?進藤」
「え?ああ、棋院の自販の好きな物一人に付き一つだよ。六人いたから、アキラは五本貰えるな。俺は賭けてなかったから。だって、師匠だもん。失礼でしょ?」
 ああ、十分失礼だ。
 このプリン頭は。
「でもねえ、師匠って謎の多い人だから、みんな興味深々なんだよ」
 で、お前を通して聞いてくるのか?
「・・・謎ならお前の方が多い気がするがな」
 これくらいの嫌みは言わないとな。
 桑原から見れば、
「緒方君、精神修行が出来ておらんようじゃな」だ。
 この押しかけ弟子はどうも、苦手だ。
「謎?そうかな?」
「そうだぜ。だって、お前の本当の師匠は誰だ?」
「緒方先生」
 すかさず返事が返る。
 緒方は目を細めた。思案顔を作ると、ヒカルの顔を覗き込む。
「お前、俺をはめたな」
 ぞっとするような口調だ。
 だが、ヒカルはあっけらかんとしたものだ。
「賭けだよ。負ける事もあったんだよ。俺の師匠は緒方さん。ね、良いでしょ?」
「あの棋譜は賄賂か?」
 それについてはヒカルは首を傾げる。
 賄賂で送ったつもりはないのだが、賄賂だろうか?
「そんなつもりはないんだけど、賄賂かな?saiを塔矢先生は見たいだろうし、どの道、緒方先生が勝っても、塔矢先生に見せるでしょ?あれは」
 だって、師匠からの頼みを断れるわけないもんね。
「知能犯だな・・・」
 呆れたと緒方は溜息をつく。
 確かに賭けだ。そして、目の前のプリン頭は賭けに勝ったのだ。
「お前は悪巧みが旨い」
「へへ、師匠に褒められちゃった。でも、悪巧みじゃなくて、勝負運と言って欲しかったなあ。二冠に挑戦して確実に勝てるとは流石に俺でも思わないよ。あの場所、研究会の砕けた会場だったから、出来ただけだし」
 呆れた呆れた。
 アホだ、馬鹿だと思っていたが、勝負師が板に付いてきたな。
『それにもう、俺の本当の師匠には会えないしね』
「?」
 目の前のプリン頭は口さえ動かしていないのに、緒方にはしっかりとヒカルの声が聞こえた。
『今、何を言った?会えない?』
「ねえ、緒方先生。一局打たない?折角、二人でいるんだしね」
 茫洋とした緒方に、ヒカルが声をかける。
「ああ、そうだな」


 うずうず。うずうず。
 みんなの好奇の目がヒカルに注がれている。
「では、発表します。勝者は塔矢 アキラです。六着です。では、商品をどうぞ」
 にこりと笑って、アキラはリアル○ールドを5本注文する。
「ああ、みんなに言い触れたい〜」
 和谷の言葉に、ヒカルは紙袋を差し出す。
「言いたい事はここにお願いする。俺の師匠だから、不名誉から守る義務もあるんだからな」


 王様の耳はロバの耳〜。
 緒方先生の白スーツは六着〜。


「あ、緒方さん、これ上げますよ」
 アキラは鞄からリアル○ールドを2本取り出す。
「何だ?これは」
「賭けのお裾分けです。師匠の名誉を守る進藤にも、一本あげてくださいね」
 そう言うと爽やかに去って行った。
「ああ?俺の名誉を守るだあ?」
 一番弟子に会ったら、しっかりと聞き出さないと。
 それでも、緒方はちゃんとヒカル用に一本をキープしたのだ。
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