| ヒカルの碁 | いろは〜だって、楽しいんだよ |
| だって、楽しいんだよ さて、北斗杯会場。の、前日レセプション。 「塔矢、今日は飲まなくて良いんだな」 ヒカルがくすくすと笑う。塔矢の手に握られているのが、ウーロン茶だったからだ。 「流石にあれだけ飲めば、僕でも遠慮するよ」 その会話を聞きながら、社は深く溜息をつく。 勝負師は盤外でも、精神修行が必要やなと。 「お、今年は倉田じゃないのか?」 楊海は北斗杯最初の年から、ずっと団長を任されている。その目が白川に留まる。 「よろしく、楊海さん。白川です。今年は倉田君は忙しいので、僕が団長になりました」 にこやかな白川に、 「それはそれは。さぞ悔しがったでしょう。倉田の奴は」 「ええ、本当に。事務所で凄く地団駄踏んだそうですよ。だって、ほら・・・」 白川は自分の棋士を指さす。 「あのメンバーですから」 「成程」 楊海は、くくっと口の端をあげた。 塔矢・進藤・社は最初の北斗杯の立役者だ。倉田にとっても思い出深い者たちだろう。 「あれ?」 楊海は、ふと見慣れない顔を見て、首を傾げる。 「あの人は・・・」 緒方 精次? 「よ、進藤」 緒方がヒカルに声をかける。 「あ、師匠!!来てくれたんだ。嬉しいなあ」 ヒカルは緒方の腕を取ると、さも嬉しいとすり寄る。 「あほ、周りに気を使え」 子どもみたいに。と、窘められるのだが、その割には緒方は嬉しそうだ。 多分、一昨日の事が気に掛かっていたのだろう。 「俺は、今日はアキラ君の監視だ」 コホンと咳払いで、アキラのグラスを眺める。 「今日はウーロン茶ですよ。流石に浴びる程飲めば、僕でもこれです」 アキラの言葉に、緒方がいぶかしむと、ヒカルはこっそりと緒方に耳打ちする。 「あのね・・・」 「白川さん、緒方 精次が来てますよ」 しかも、進藤君と手を組んでる? 楽しそうに話す二人に、楊海は首を傾げる。 「ああ、進藤君の師匠ですから」 瞬間、フリーズしてしまった。 「は?誰が?」 「緒方さんは進藤君の師匠なんです。と、言ってもつい最近の事なんですけどね」 ぱくりと開いた楊海の顔が止まらない。 「仲が良いんですよ」 確かに仲は良いのだろう。腕組みしてじゃれ合う緒方など、誰も見た事はないだろう。 「あれが緒方 精次・・・なのか?」 白川はちっちっと人差し指を振る。 「違います」 そうだろうなあ。と、楊海も頷く。 緒方 精次と言えば、塔矢門下のホープで今や、行洋の後を次ぐと言われている若手ナンバー1だ。 「違います。緒方さんはあれの十倍は進藤君に甘いです。いや、もう見てても妬ける程なんですよ。進藤君と僕は昔からの知り合いなんですけど、そりゃあ、可愛がってましてねえ」 え?!そうなの?! 白川は満面の笑顔だ。 「しかし、進藤君がねえ。緒方 精次が良く承知したねえ」 あまりのミスマッチに楊海は、首を傾げる。とてもじゃないけど、経過が解らない。 現実は賭けでヒカルが勝ったからだ。 あまり公には出来ない理由なのだが・・・。 「ああ、それは賭け碁で進藤君が緒方さんに勝ったからですよ」 白川はあっさりばらしてしまった。 「ええ!」 「ほ、本当なのか?俺の日本語が変なのか?」 「本当ですよ。何なら英語で・・・」 『進藤君が緒方さんに勝ったからですよ。賭けの対象は弟子入りです』 にこにこと白川は笑っている。楊海は最早返す言葉がなかった。 「可愛いんですけどね、勝負師ですよねえ。あ、団長挨拶ですよ。行きましょう」 白川は楊海の背を押した。 「ねえ、進藤。緒方さんの弟子はどう?」 スヨンの言葉だ。スヨンは進藤とメル友なのだ。 「すげえ、可愛がって貰ってるよお」 「良いなあ、だって、毎日のように緒方さんと打てるんだ」 「お前もヨンハと打ってるじゃないか」 それはそうだけど・・・。 「なあ、日本にいる間、緒方さんと打てないかな?打診してくれないか?」 「うん、良いけど・・・時間が空けばね。あれで、結構忙しい人だから・・・」 こっそり話していたのだが、ヒカルの頭に手が置かれる。 緒方の手だ。 「聞こえたぜ。ああ、良いよ。北斗杯の翌日は空いてる。うちで良ければ打とう」 へ?僕は何を聞いたのだろう?と、スヨンは目をぱちくりする。 「ええと・・・うちと言うのは自宅ですか?」 「そうだ。以前は君のおじさんの碁会所で打ったらしいが、流石に俺にはヒカルのような勇気はない。うちで良ければ」 スヨンはヒカルの両手をがしりと握る。 「おい、進藤!聞いたか?」 「うん、聞いた。俺も師匠の家に行くよ。塔矢も行くし、社も。お前も連れて来いよ」 と、ヒカルは、勝手な約束を取り決めてしまった。 後では、やれやれと緒方が肩を竦めている。 「まったく、進藤にはかなわないぜ」 煙草を取り出すが、 「ち、ここは禁煙だった。おい、進藤。俺は帰るぜ。白川の言う事を良く聞くんだぞ」 ひらりと後手に挨拶をすると、緒方は会場を後にした。 「今回は北斗杯最初のメンバーと同じなんです。あの時から成長した三人を見て下さい。きっと期待に答えてくれると思います」 白川の挨拶は簡潔だ。 直ぐに楊海にマイクが回る。 「あ、うちも精鋭を揃えてます。負けませんよ」 ちょっと惚けて、立て直しに時間がかかったけど。とは、楊海の内心だが。 韓国団長は今年は、中堅の白(パク)と言う青年だ。緊張ばかりの彼だが、ヒカルとスヨンが和やかに話をしていたので、一つ重荷が降りたらしい。 挨拶もなかなか強気であった。 「パクさん、北斗杯後、韓国棋士と日本棋士は碁を打つ約束になったんですって」 白川の言葉をスヨンは通訳する。 「緒方 精次の自宅なんですよね」 へ?と、パクの顔から血の気が引く。 「僕も一緒に行きますから。ね、行きましょうね」 ぽんと肩を叩かれたパクだが、返事も出来ない。 「大丈夫ですよ。進藤君は緒方さんの弟子です。緒方さんに賭け碁で勝って弟子にしてもらったんですよ。気楽にしてくだされば良いですよ」 「はあ、そうですか・・・」 大きなお世話だが、スヨンは最後まで丁寧にパクに通訳をしてやったのだ。 本当に大きなお世話だ。 『アン先生なら全然、平気なのになあ』 パクが固まった横で、スヨンは小さく溜息をついた。 |
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