ヒカルの碁 いろは〜酔っぱらいの末路
酔っぱらいの末路

「なあ、社。食欲ないのか?」
 ヒカルが社の顔をひょっこりと覗く。
「あ?いや・・・」
 社は慌てて出前の店屋物をかき込んだ。だが、正直、辛い。
 茶托に座るのは、ヒカル、社、アキラに白川だ。
 アキラと白川は黙々と食事をしている。
『気まずい・・・』
 沈黙が気まずい・・・。のだが、ヒカルはそんな事は何処吹く風だ。
「なあなあ、社。俺のこれと交換して。お前のかまぼこ」
 返事を聞く前に、さっさと奪われる。
『進藤はやっぱりただ者やあれへん。こんな中で平気なんて』
 なあなあ、社、飯が終わったら、一緒に風呂入ろう。そんで、も一度打とうよ。
「あ?ああ」
 塔矢の事、師匠はごつい怪物って言ったけど、進藤の方が上を行くんちゃうか?
 だって、緒方先生の弟子やし、こ〜んな妙な雰囲気でも、全然平気やし。
 社は顔には出さずに、深〜く溜息をついた。


 カコーン
 湯船に足を伸ばすと、身体の芯がとろける様だ。
「なあ、進藤。お前さん、よう平気やな?」
 石鹸を泡立てて身体を洗っていたヒカルは、首を傾げる。
「何が?」
「だって、さっき、なんや妙な雰囲気やったやん。俺、怖かったわ」
 ざばんとヒカルが頭から湯をかぶる。
「え?和やかな団欒だろ?」
 どこがや?
「いや、塔矢と白川先生・・・何か火花散ってないか?」
「そんな事ないよ。白川先生は良い人だし、塔矢も森下門下の大先輩に喧嘩を売るなんてしないよ。社の取り越し苦労だよ」
 成程、ヒカルの話にはちゃんと根拠があるのだ。だが、社は疑う。
「白川先生、緒方先生に頭下げさせとったで」
 ヒカルが湯船に入る。
 のびのびと背を伸ばす。
「ああ、極楽〜」
「爺臭いぜ」
「あのね、白川先生は嘘を言わないんだ。嘘は負けを認める材料だからね。でも、師匠は時々嘘を付くよ。塔矢も嘘は言わない。解る?解らない?」
 ヒカルが首を傾げて、社を見る。
「はあ?何やそれ」
「緒方先生は天の邪鬼。塔矢は絶対、嘘を言わなくてがすがす進む奴。白川先生は、嘘を上手に本当に変える人。どう?解る?」
 社は唖然とする。
 こいつ、何でもお見通しなんか?
「・・・お前さん、案外、抜け目ないんやな」
 社は胡散臭い目で、ヒカルを見つめる。
「俺ね、人の事は結構解るの。まあ、あの三人は付き合いも長いしね。師匠は天の邪鬼だけど、優しいんだよ」
 ヒカルが幸せそうに笑ったので、社も何も言えなかった。
 だって、そうだろう?何もかも知っていて、黙っているのだから。
「俺、師匠。緒方さんが好きだよ」
「何でそんなに思い入れあるんや?」
 それが不思議で仕方ない。
「う〜ん、理由かあ。手を繋げる事かな?後、暖かい事?」
 う〜んう〜んと唸るヒカルを社は呆れて見る。
「何やそれ?」
 手を繋げるから?って、お前は師匠と手を繋いでいるんか?
 大の男が?
「ええ、年した大人がそれかい?お前さんは国際棋士なのに」
「うん。理由らしい理由はそれかな?生きてるって良いよね」
 ざばりとヒカルは湯船から出る。
 社は突っ込みを入れようと口を開きかけたのだが、見事にタイミングを外してしまった。
 ヒカルが風呂から出て行った後、社は溜息を吐く。
「ほんま、旨い奴やわ」


 さて、その頃の白川とアキラは・・・
「あれ?これ何?」
 茶托には大量のビール瓶が転がっている。その下で潰れているのはアキラだ。
「え?塔矢?」
 白川がしっと口に人差し指を当てる。
「寝かせてあげましょう。明日が楽しみです」
 ふふっと人の悪い笑顔だ。
「ところで、白川先生は何本のんだの?」
「7本です。ま、僕は大丈夫ですけどね」
 さらりと言われた言葉に、ヒカルは呆れる。
「で、こいつは?」
「飲み比べですから、同じ本数ですよ」
「ふうん・・・」
 ヒカルはアキラの身体にタオルケットをかけるが、ごろりと転がっただけで、起きる気配がない。
 後から帰って来た社が、目を向いている。
「なんや、塔矢の野郎」
「・・・まあ、見れば解るだろ?ふふふ・・・楽しみ〜明日が〜」
 ヒカルがにやりと笑うと、白川もにこにこと笑った。


「・・・痛い・・・」
 そうだ、昨日は・・・白川先生と・・・。
「おや?お目覚めですか?」
 アキラの目の前にはにこやか魔神の顔がある。
「おかげさまで・・・怠くて痛いです」
「ふふ、そうですか。どうですか?思いっきり飲んだ感想は」
 アキラは暫く考えていたが、緩慢に口を開いた。
「僕、何本で潰れました?」
「7本です」
「そうですか・・・」
 痛いらしく、アキラは片手を顔にあてる。
「じゃあ、今度から6本までにしないと」
 ぽそりと呟いた言葉に、白川の言葉が返る。
「そうですね。7本は限界だったようですよ。良かったですね、限界が解って」
 ぽんぽんとアキラの頭が叩かれる。それにアキラは顔をしかめる。
「ほらほら、みんなはもう起きて、碁を打ってますよ。ほらほら起きて」
「・・・痛い」
 ああ、そうですか?
 いとも簡単にそれを受け流す。
「修行で直ります。二十歳になったら、僕がたたき込んで上げますよ」
「・・・おねがいします・・・」
 アキラの言葉に白川は大きく頷いた。


「なあ、塔矢の奴・・・」
「うん、二日酔いだね・・・ま、これで懲りる男じゃないから。白川先生は絡めてだよね。師匠と違うのはここだよ」

 進藤・・・お前は凄い!

 社は心の中で、絶賛拍手をヒカルに送るのだった。
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