ヒカルの碁 いろは〜勘弁してえな
勘弁してえな

 北斗杯の団長は、今年は変わった人がなった。何と、白川 道夫だ。
 あだな「おだやかなる実力者」は、塔矢家の前でも穏やかに微笑んで挨拶をした。

「おはようございます。みなさん」
 深々と頭を下げる。
「おはようございます。どうぞ」
 アキラに案内された部屋には、何故か緒方があぐらをかいて早碁を打っている。
「あれ?緒方さん」
 ああ、白川か。
「おはよう。朝早くからご苦労だよな」
「何でここにいるんです?」
 白川の疑問ももっともだ。
 白川はヒカルが緒方の弟子になったのを知っている。だから、いても不思議ではないのだが、どうやら昨晩からいたらしいのが不思議なのだ。
「理由は、そいつだ」
 緒方はアキラを指さすと、眉をよせる渋顔を作る。
「やだなあ。白川先生が誤解するじゃないですか・・・。僕が進藤に何かしたんじゃないかって」
「しただろ?」
 そう言えば、進藤君は何処だろう?
「緒方さん、進藤君は?」
「あいつは空き部屋で寝てる。まあ、起さないでくれ」
「優しいですねえ」
 アキラは大げさに感動を表しているのだが、
「僕には拳骨だったのに・・・」
 と、ぼそりと嫌みを続けた。
「生憎、大人の言う事を聞けない子供には優しくする気はないもんでな」
 ぱちりと石を置く。
 ここまでで出て来ないが、緒方の相手は社だ。社は内心で、
『俺、無傷で北斗杯に行けるやろか?』と、涙を流しそうだ。
 ぶち切れ二冠とお気楽大将、天然天才副将・・・。で、このはかなげな団長。
 正直、今回の北斗杯は前回より波乱万丈の荒波が横たわっている気がする。
 隣の部屋でくかくか寝ている副将が、心底羨ましい。
『俺はなんで、緒方先生と塔矢の板挟みになっているんだ?』
 緒方の静かな怒りは、塔矢には何一つ届いていない。伊達に20年近くの付き合いではないらしい。


「・・・緒方さん、どうしたんです?団長として聞かせて下さいよ」
 白川は相変わらず、にこにことしている。
「そうだな。白川にも聞く権利はあるよな。実はな・・・」
 緒方は昨日あった事とアキラの懲りない性癖を白川に聞かせた。
「なるほどねえ。緒方さんも大変ですね」
 にこにこにこ・・・。変わらない笑みだ。
「で、進藤君は二日酔いとかなんですか?」
「いや、どうだろう?昨日も寝たのは遅かったし、眠いだけだろう・・・」
 そろそろ起すかな。
「あ、俺が起してきます」
 丁度、終局を迎えた社は、ヒカルを部屋に起こしに立った。アキラと言えば、台所で白川用のお茶を沸かしていた。


「進藤、おきいな」
「ん、やしろお?」
「そや、もう10時やで。白川先生も来てるし。お前さんの師匠もおるで」
 10時と聞いて、ヒカルは飛び上がる。
「ええ?もう、そんな時間って、俺だけ寝坊〜?」
 ヒカルはパニックのようだ。
「まあ、落ち着け。お前さんは昨日、塔矢に酒を飲まされて酩酊状態だったんや。だから、緒方先生も寝かしてくれたんや」
「・・・あ、そうだったけ?」
「頭痛くないんか?気分は?」
「いや、ぜんぜん平気。それより起きないと師匠に怒られる〜」
 何故かヒカルは半べそ状態だ。
「怒らへんやろ?寝かしてくれたやろ?」
「違うよお。一人で時間に起きれないと雷が落ちるんだ。怖いんだぜ」
 そんなもんか?


「おはようございます」
 ヒカルはぺこりと頭を下げる。
「ああ、進藤君、起きたんだ?大丈夫?」
「はい、白川さん・・・」
 緒方はヒカルと目が合うと、顎をしゃくった。仕方なく、ヒカルは緒方の前に座る。
「すいません。師匠」
「・・・俺はいつも言っているだろ?言い訳は聞かん」
 ふいっとそっぽを向く緒方に、ヒカルはシュンと肩を垂れた。
『おいおい、本当か?本当に緒方先生、怒ってるんか?』
 どないしょ〜。こんな進藤抱えて何も出来んわあ。
 おろおろとする社を前に、白川はにこにこ顔だ。
「あれ?進藤、起きたんだ。起きたらご飯しようねえ〜」
 お茶を入れに行ったアキラが戻って来た。朝ご飯と聞いて、ヒカルの顔が恐る恐る緒方を見る。
 緒方は渋い顔だが、行って来いと追い払う素振りをした。
「緒方さん、厳しいですね」
「あいつには前科があるからな。絶対時間だけは、どんな事があっても守らせるんだ」
 前科って?
「昔、手合いに出なかった事ですか?」
 白川の質問に、「違う」と緒方は首を振る。
「この前、雨の中、約束の場所で二時間待ってたんだ。で、びしょ濡れなのに言い訳もしない。俺はあいつから言い訳が欲しいんだ。正統な理由があるのに、言い訳しないなんて男は俺の弟子じゃない」
 白川は相変わらずだ。
「言わないと解らない事をして、だだを捏ねるなんて、貴方らしいですね」
 そこでびしりと、

「ひねてます」

「可哀想に進藤君。こんな天の邪鬼の弟子になったばかりに。あの時、僕が弟子にしていたら、こんな師匠を持たなくても良かったのにねえ」
 緒方の眉がつり上がる。
「じゃあ、今から譲る。お前に」
「ありがたい申し出ですけど、緒方さんは賭けに負けたのに、契約を破るわけですか?それこそ、男じゃないですよ。男に二言があるんですか?可哀想な進藤君」
 ばちばちと放電しそうな空気が部屋に充満する。
 白川はにこにこ顔のまま、目だけが異様に好戦的だ。
「あいつは俺の弟子だから、どう扱おうが俺の自由だ」
「そうですか。せっかく、可愛い弟子が出来たのに。まあ、貴方の弟子の候補は沢山いますから、次ぎが来るでしょうね。森下先生にそう伝えておきますか」
 緒方の顔から血の気が引く。
「ま、待て。白川。進藤は俺の弟子だ。俺は他に弟子はいらない」
 かなり慌ててる様子だ。
「だって、僕に譲る弟子でしょ?塔矢先生、がっかりしますよね」
 森下に通知が行くと、漏れなく行洋にも伝わるのだ。あの二人は結構仲が良いのだ。
「・・・解った・・・」
 緒方は白川の前に投了した。
『嘘!すげえな、この人。緒方先生に頭下げさせよった』
 何者〜?
 社の驚きの後から、ヒカルが声をかける。
「ご飯終わりました・・・。師匠・・・」
 ま、座れと、緒方は自分の前を指さす。ヒカルは素直に其処に座る。
「まあ、今回は大目に見よう。だが、気をつけろよ」
 途端に、ヒカルは嬉しそうに緒方の顔を見上げる。まるで犬のようだ。その側では白川が声をかみ殺している。


「塔矢君、僕は今日、ここに泊まるよ。僕とじゃ役不足だけど宜しくね」
「ええ、団長。宜しく」
 表面上はにこやかなのだが、お互いに目が笑ってないのは何故だろうか?


『かなわんなあ・・・ほんま』
 北斗杯出場を心から喜んだはずの記憶は、無惨にも一日で潰れてしまった。
『勘弁してえな〜』
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