ヒカルの碁 いろは〜俺
俺(を)

 俺の名前は進藤 ヒカル。
 プロ棋士3段で、現在の所、二冠 緒方 精次の一番弟子だ。
 実は俺には師匠がいない。え?緒方さんが師匠だろ?って。
 うん、そうだよ。ただし、今はだ。
 俺はプロ棋士になって、国際ジュニア棋戦とかに出て、それから、現在の師匠の弟子になった変り種なんだ。
 うん、だから、弟子になったのはつい最近だよ。
 塔矢門下の緒方先生はタイトルを二つも持っているんだけど、弟子は誰もいなかった。
 身近な人間で弟子がいない。俺にはぴったりの人だったんだ。
 ただし、俺は森下先生って言う人にやっかいになってて(弟子じゃないけど)、最初は森下先生に弟子にしてくれって言ったんだ。
 森下先生には、俺と同期でプロになった和谷って言う奴がいて、そいつを最後に弟子は取らないって言うんだ。困ったから、森下先生の弟子の白川先生や冴木さんに相談してみたら、それも駄目。
 理由?それはね、俺が結構良い線まで、タイトルの棋戦に残っているからだって。
 みんな役不足だって言うんだ。
 でも、俺、どうしても師匠が欲しかったんだ。

 え?何でだって?
 俺に碁を教えてくれたのは、実は幽霊で存在しない人間なんだ。でも、身体はなくても、俺が変りに打った事があるんだ。でね、極端な結果なんだけど、塔矢の親父さん、
 五冠 塔矢 行洋にネット碁で勝ってしまって、廃業に追い込んでしまったんだ。
 あ、廃業したのは、塔矢先生は自由に碁が打ってみたくなったらしいかららしいんだけどね。
 自由に碁が打てるようになってから、塔矢先生は韓国に行ったり、中国に行ったり台湾とかにも行ってるんだ。

 話を戻して、
 とにかく、俺には師匠がいない。でも、異例の昇進(?)なんだ。
 最近、棋戦にも残ってるし、俺が誰の門下で、師匠は誰かとか頻繁に聞かれるんだ。
 その度に、俺は答えに詰まる。
「俺の師匠は藤原 佐為と言い、平安の碁打ちの幽霊なんです」
 なんて、巫山戯た事を言えやしない。
 そこで、俺は師匠を探したわけだ。でも、ことごとくに振られた。

 そんな時、俺の恩人の森下先生が、
「実はな、緒方君が後援会から、弟子をと言われてるんだ。今までは、若いし塔矢門下の弟子の面倒もあるからと断っていたんだ。彼が一から碁を教えるなんて、面倒で出来ないだろうな。お前、どうだ?立候補しないか」
 利害の一致を察した、森下先生の心使いだ。
「緒方先生が師匠?」
「そう、お前さん、以前言ってただろ?院生に推薦してもらったって。浅からぬ、因縁じゃねえか?それに、アキラ君とも友達だしな」
 成程。緒方先生か。
「だがな、お前が弟子になりたくても、緒方君はいらないと言うだろうな」
 きっぱりした性格の男だからな。
 その時、俺は賭けに出た。不思議とその賭けは成功する気分だった。

 塔矢門下の研究会で、俺は緒方先生に賭けを申し込んだ。
「俺が勝ったら、弟子にして下さい」
 で、俺は勝った。

 でも、師匠って良いもんだよ。
 緒方先生は俺に一から、碁を教える必要がないんで、時間が空くらしい。俺に碁以外の事を色々教えてくれる。
 例えば、棋譜のパソコンでの整理とか色んな棋譜の検討とか、食事にも連れて行ってくれるんだ。
 そんなわけで、最近の俺は緒方先生の自宅(マンション)に居る事が多い。
 母さんや父さんも緒方先生なら安心だからって、外泊を許してくれてるんだ。検討に夢中になると、終電なんかあっと言う間になくなってしまうからね。
 タクシーなんてもったいないし、俺、まだ免許を持ってないから、お泊まりなの。
 後で、聞いた話なんだけど、緒方先生の部屋に入った人は俺が初めてらしい。因みに泊まった人も俺が初めてだって。
 これって、すげえ事じゃない?
 一番弟子〜て感じ。嬉しいよな。

 俺の本当の師匠 佐為は幽霊だったから、眠らないし飯も食べない。もちろん、着替えもしないし、歯も磨かないし髪もとかない。
 そう、人がする事は一切しないんだ。まあ、イメージなのかどうか解らないけど、たまに服が違う時はあったけどね。
 ところが、今の師匠は、食べて寝て、飲んで動くんだよ。
 もちろん、服の着替えもする。(噂の白のスーツは6着あった)
 何か、毎日わくわくする。
 それに、思ったより薄情でもないんだよな。塔矢門下の面倒はしっかりみてるしね。
 特に塔矢。あ、塔矢先生じゃないよ。息子の方。塔矢 アキラ。
 生まれた時からの付き合いだから、かれこれ18年。
 すげえ、笑える。
 こないで、塔矢が酒乱(絡み酒)て知らなかった師匠が、「お酒は二十歳になるまで」宣言をしたんだよ。あの手この手で、色々がんばってるんだけど、塔矢はどうものらりくらりとかわしてるらしいね。
 師匠は溜息をついて、
「あのガキ」
 とか言ってるもん。
 まあ、俺は俺で、携帯もたされたりしたけど、師匠は忙しい人だから、便利だよ。
 毎日、スケジュール確認のメールを入れるんだ。
 何だが、デートみたいで、わくわくする。あかり(幼なじみ)と待ち合わせするよりどきどきする。どんな返事が来るのか。
 佐為なら、頭で思い浮かべるだけで即、OKだったんだけど、待つっていうのも面白い。
 待つ=わくわくする時間が増える。だもん。
 でも、以前、それで怒られた。
 雨の中を二時間待ってた、師匠は凄く怒った。俺にとっての二時間なんて、直ぐだったんだけど、雨に濡れたのがお怒りの原因らしい。
 携帯を持ってなかったんで、直ぐに携帯の契約をさせられた。
 後日、俺が使い方が解らないと言えば、色々教えてくれた。
 師匠は良い人だ。


「あ?進藤。俺の顔に何かついてるか?」
 師匠は訝しげに俺の顔を見る。
「ううん、何にも」
「なら、じろじろ見るな」
 少し不機嫌だ。
「いや、師匠は良い人だなあって思って」
 くるりと師匠が背を向ける。
「馬鹿か。お前は。そうだな、最近、俺もそう思う」
 又、くるりと振り向く。

「世の中に俺程、お人好しはいないんじゃないだろうか?ってな」

 師匠の振り向いた顔は、苦虫を噛みつぶしたような渋顔だった。
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