ヒカルの碁 いろは〜流浪の民
流浪の民

 緒方の押しかけ弟子は、たまに碁盤の前でぼんやりとしている事がある。
 棋譜を検討してるわけではないらしい。
 ヒカルに言わせれば、トリップだと言う。
 だが、「何処に行くんだ」と緒方が聞けば、曖昧にしか答えは返って来ない。
「うん、何処に行くんだろう・・・」
 道は見えるんだけど、果てが見えないんだよ。
 近くて遠いんだ。
 碁の道程を心情風景にしたものらしい。
 なかなか浪漫主義なんだな。
「きっと、そこにはあいつがいるんだ」
 あいつとはヒカルの師匠か・・・。
「あまり深淵を覗き込むと、帰って来れなくなるぞ」
 緒方はヒカルの頭を叩く。
「お前の師匠はここにいるだろ?」
「ああ、そうだね。俺は・・・・じゃない」
 ちゃんと、帰れる場所があるんだから。


「師匠〜」
 進藤 ヒカルの声だ。
 ヒカルは弟子になった途端、緒方をそう呼ぶ。あまりにも大声で叫ぶ為、その場の者は一斉に振り向くのだ。
「何だ?!進藤」
「ん〜。見かけたから、呼んでみただけ」
「・・・そうか」
「うん」
 最初は脱力ばかりしていた緒方だが、最近は好きなようにさせている。
 ヒカルは緒方を師匠と呼ぶのが好きらしい。
「楽しいか?」
 と、聞くと、
「楽しい」と、答えるのだ。

「師匠って言葉は良いね。何だが・・・お父さんが出来たみたいだ」
 おい、お前の親父はいるだろ?何で、俺がお父さんなんだよ。
 緒方がそう言うと、
「あ、そうだね。ん、何て言うか・・・お兄さんじゃ変だしなあ」
 ヒカルはしきりに考えてる。
「ん、そうだな。何て言葉が当てはまるのかな?」
「師匠は師匠だろ?」
 緒方は呆れて苦笑する。
「ん、あいつは師匠って柄じゃなかったし、俺が面倒みてる時もあったし、ん、友達?じゃ変だったし、兄弟でも変だし・・・」
 何だろうね?
「訳解らない事言うな。俺はお前の師匠以外なる気はないんだからな」
 ん、そうだね。
「やっぱり師匠だね。緒方先生は」
 おら!当たり前じゃ!
 緒方はヒカルの頭をぐしぐしとかき混ぜた。


「で、師匠は師匠なんだ」
「ふう〜ん」
 ヒカルの言葉を聞いて、アキラは何故か考える。
「僕の師匠は父だよね」
 そりゃあ、そうだろう。行洋はアキラの父だ。
「む、そう言えば、僕にも師匠はいないなあ。そう考えると」
「うん、そうだな」
「僕も弟子入りしようかな?」
 アキラは思案顔だ。
「誰に?」
「う〜ん、緒方さんかな?」
 それを聞いた緒方は、大いに慌てた。

「却下だ!」
 絶対嫌だ。絶対。あんな、男を弟子になんてした日には、俺は枕を高くして眠れない。 一人でも大変なのに、それが二人・・・なんて、地獄の様だ。
「ん、でも、師匠はアキラの兄弟子だよね。それってお兄さん?」
 緒方の顔から、血の気が引く。
 お兄さん?お兄さん?
「だって、和谷は冴木さんの事をお兄さんみたいだって言ってるし。白川先生も」
 お兄さん・・・?
 思えば、俺とアキラ君は躊躇半端な年の離れ具合なのだ。
「お兄さんか・・・そうだな。学生の頃はそう言ってたような気もするんだが・・・」
「へえ、そうなんだ」
 今は?
 どう考えても、保護者だろう?
『!って、親父じゃねえか』
 がくりと緒方は項垂れる。
「もう良い、もう良い」
「むう、師匠って難しいんだね」

 それに比べれば、佐為は結構、お気楽だった。
 千年も流浪してた割にはお気楽だったんだよな。
 目の前で、頭を抱える緒方を見ながら、ヒカルは内心で苦笑するのだ。

「やっぱり、俺の師匠は緒方先生だよ」
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