ヒカルの碁 いろは〜ぬるい・・・
ぬるい・・・

 さて、アキラとヒカルの再教育に燃える緒方だが、あまり進展はないようだ。
 理由・・・
「周りがいい加減過ぎる・・・」
 放任主義の父と母。いい加減な兄弟子(もちろん自分は違う)。で、小金を持っているので始末が悪い。
 今日も今日とて、
「緒方さん。ビールの安売りしてました。置かせて下さいね」
 がすんと置かれたのは、500mlのダースが二つ。
 発泡酒ではなく、ビールなのがこの坊ちゃんの拘りだ。
「子供に良く売ってくれたなあ」
 と、嫌みを零す。
「お使いを頼まれたって言ったら、同情してくれましたよ。重いだろうって」
 そりゃあ、ダース売りを二つ抱えたら重いだろうな。
 だが、それをひょいひょいと抱え上げる体力があるのには驚く。
 今や、身長175cmの男は、稼いでる貫禄もあって、とても同年代の若者と同じには見えない。(二十歳過ぎに見えるのだ)
 ここが、一番のネックだ。
 酒を飲みに行っても、誰も未成年とは思わない。
 さもありなん。
 しゃべり方から見かけ、スーツの着こなし、どれを取っても大学出たての新入社員なんか足下にも及ばないのだ。
「俺はそれに冷蔵庫なんか貸さないぞ」
 ぎりぎりの緒方の堪忍袋だ。
「良いですよ。氷を入れたら、直ぐに冷える」
「・・・あのなあ。酒は禁止だと言っただろ?」
 すっかり脱力だ。
「ああ、そうでしたね・・・。でも、買ってしまいましたから、もったいないですね」
 飲まないと。

「飲むな!この餓鬼!」

「いいか、未成年と言うのはだ・・・」
「僕、税金払ってますよ。確定申告してるし。大学生なんかよりよっぽど社会に貢献の度合が高いです。大学生は働いてもないのに、コンパとかして飲みつぶれてますよ。それに比べれば、ささやかな事だと思いませんか?」
 立て板に水だ。
 どうも、飲酒がささやかな鬱憤ばらしらしい。
『飲み屋でぐだを巻く親父と一緒じゃねいか』
「とにかく、これは没収だ。俺が買い取る」
「そうですか・・・」
 こいつ、懲りてないな?
 これだら、小金持ちは。


「進藤」
「はい?師匠?」
 プリン頭は素直な所が、緒方的にはありがたい。
 ただ、それはアキラに比べるとヒカルの方がましと言うだけの事だが。
「アキラ君は何時からビールを飲んでるんだ?」
 ヒカルが首を傾げる。
「何時から?どうかな?」
「大体で良いんだが」
 ああ、そうだ。と、ヒカルは頷く。
「北斗杯で泊まった時、冷蔵庫にビールは入ってたけど。俺、冷蔵庫使わせてもらったから。でも、飲んでたのかどうかなんて知らないよ」
 ほうほう、そうか。
「で、実際に飲んでる所を見たのは、何時だ?」
「さあ?何時だったかな?」
 ええとええと。
「わかんない」
 がっくり。
「でも、お前と飲んだりするんじゃないのか?」
 ヒカルは首をふる。
「知らな〜い。俺と塔矢で酒なんか飲まないよ。だったら、飯の方が良いもん」
 なるほど。


「アキラ君、二十歳になったら、好きに飲んで良いから。今暫く、我慢するんだ。ほら、梅酒の水割りを飲んで良いから」
 緒方は氷をぶち込むと、健康飲料?であるだろう、梅酒と水を入れる。
「これで、我慢だ」
 少し不満そうな顔だが、アキラは素直に受け取った。
「・・・美味しい・・・」
 ビールにはない味はお気に召したらしい。
「そうか、それは良かったな」
 納得してくれたらしいアキラに、緒方もほっと気が緩む。
「俺も、飲んで良い?ねえ、師匠」
「ああ、これくらいなら。梅は健康に良いからな。だが、ばかばか飲むなよ。リキュールだからきつい」
「リキュールって何?」
「アルコール度数の高い、カクテルのベースに使う酒だ。チェリーとか珈琲なんかもある。サボテンのリキュールもある」
 へえ、そうなんだ?
 ヒカルはぺろぺろと梅酒割を舐めているのだが、アキラは一気のみだったらしく、もうすでにない。
「おかわりしていいですかあ〜」
「却下だ」


「塔矢先生、おかえりなさい」
 帰国の連絡を受けて、緒方が顔を出す。
「おお、緒方君、進藤君と仲良くやってるかね?」
「ええ、まあ、旨く行ってます」
 そうかそうかと行洋が頷く。
「いらっしゃい、緒方さん」
 明子が差し出してくれた、コップを見て緒方はぎょっとする。
 微かに梅酒の匂いがするのだ。
「帰国したら、台所に梅酒が山のように積まれていてね。丁度暑くなるし、良いでしょ?」
 からりと涼しげに氷が音をたてる。
「うむ、ビールも良いが、これもなかなかいけると思わないかい?緒方君」
「そうですね」
 明子さん、それを不信に思わなかったんですか?
「アキラさんは、最近、ビールよりこれが良いらしいのよ」
「アキラもまだまだ子供だからなあ」
 !師匠!
 行洋はにこやかな笑顔で、緒方を見る。
「何でも、緒方君に梅酒は健康に良いと教えてもらったとか。置き場所に困るくらい買い込んできたらしい」
「・・・そうですか」
「ビールもいけた口なんだがな。韓国土産に買ったビールを喜んで飲んでいたんだがね」
「!!!」

『あんたが犯人かい!』

 緒方は脱力を隠せない。よりによって、親が犯人だとは・・・。
 いや、師匠ならあり得る。碁には厳しくても、他の事には寛容だった。
 と、言うより、世間的常識をあまり感じない親だった・・・。
 普通、学校帰りに自分の店とは言え、碁会所なんかに直行させるか?
 いや、させないだろう。
『ああ、もう、温過ぎる。温過ぎる〜!!』

「びしびしと躾てやる」
 塔矢邸を背にした時の、緒方の決意みなぎる言葉であった。
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